「公開叱責」の影響
医療・介護の現場では、緊張感のある状況の中で、指導や注意が必要になる場面は日常的にあります。
命や生活を支える仕事である以上、ミスを防ぐための厳しさは確かに必要です。
しかし、その方法が「人前で怒る」「皆の前で叱責する」という形になったとき、それは単なる指導を超え、組織全体に大きな影響を及ぼします。
一見、「現場を守るための厳しさ」に見えるその関わりは、実際には心理的安全性を損ない、チームの機能を低下させる要因になっているのです。
人前で怒ることで起きていること
例えば、申し送りの場でミスを指摘され、強い口調で叱責された新人看護師。
その場では謝罪し、表面上は理解したように見えます。しかしその後、彼女は報告や相談をためらうようになりました。
「また怒られるかもしれない」という不安が、行動を止めてしまうのです。結果として、小さな異変に気づいても声を上げられず、インシデントのリスクが高まる。これは決して珍しい話ではありません。公開叱責は、ミスを防ぐどころか“見えないミス”を増やしてしまうのです。
また、別の現場では、特定の職員が繰り返し人前で注意されていることで、周囲がその人との関わりを避けるようになり、チームの連携が弱まっていきました。
さらに、「ここでは安心して働けない」と感じた職員が離職していく。こうした連鎖は、組織にとって大きな損失です。

なぜ人前で怒ってしまうのか
では、なぜこのような関わりが生まれるのでしょうか。そこには、いくつかの共通した心理があります。
1.「見せしめ効果」への誤解
一人を強く叱れば、周囲も気を引き締めると考えがちですが、実際には逆で、「次は自分が怒られるかもしれない」という恐怖が、発言や相談を抑制してしまいます。
2.無意識の権威性のアピール
人前で強く指摘することで、自分の立場や影響力を示そうとする心理です。しかし、恐怖による統率は一時的なものであり、信頼は築かれません。
3.「自分もそうやって育てられた」という経験への固執
厳しい指導を乗り越えてきた人ほど、それが正しい方法だと信じやすいものです。けれど、時代や価値観は変化しています。
4.感情コントロールの難しさ
忙しさやプレッシャーの中で、つい感情が先に出てしまう。これは誰にでも起こり得ることですが、リーダーほど意識が求められます。
5.短期的な成果への執着
「今すぐ直させたい」という思いが、強い言葉を生みます。しかしそれは、長期的な成長を妨げる結果につながります。

リーダーの役割は「裁くこと」ではない
本来、リーダーの役割はミスを裁くことではありません。人を育み、成長を支えることです。
部下を恐怖で支配する存在ではなく、「この人のもとでなら頑張れる」と思われる存在であること。
それが、これからの医療・介護現場に求められるリーダー像です。
伝え方ひとつで現場は変わる
同じ内容でも、伝え方で受け取り方は大きく変わります。
「なんでできないの?」ではなく、「どうすればうまくいくと思う?」と問いかける。
「ちゃんとやって」ではなく、「ここをこうすると、もっと良くなるよ」と伝える。
こうした違いは小さく見えて、相手の自信や行動に大きな影響を与えます。
「安心」が成長を支える
人は、安心できる環境でこそ本来の力を発揮します。失敗しても大丈夫、相談してもいい。そう思える職場では、挑戦が生まれ、成長が促されます。 一方で、怒られるかもしれないという不安がある環境では、人は自分を守ることを優先し、学びや成長は止まってしまいます。
まとめ

人前で怒るという行為は、「正しさ」を伝える手段のようでいて、実際には信頼を損ない、組織の力を弱める関わり方です。
その背景には、不安や責任感、経験といった人間的な要素があります。だからこそ必要なのは、誰かを責めることではなく、関わり方を見直し、伝え方を選び直すことです。リーダーの一言は、誰かの自信を奪うこともあれば、未来を支えることもあります。そしてその積み重ねが、職場の空気をつくり、組織の未来を形づくっていきます。「裁く」のではなく、「育てる」関わりへ。その一歩が、より良い医療・介護現場を生み出していくはずです。 このコラムが医療従事者の皆さんのお役に立てれば幸いです。