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不確実な時代を生き抜く「ネガティブ・ケイパビリティ」とは?

ネガティブ・ケイパビリティとは?

 今の社会は、先が読めないことがとても多いです。テクノロジーの進化や働き方の変化、新型コロナウイルスなど、予測できない出来事が次々と起こり、「正解」がすぐに見つからないことが増えています。このような時代には、「すぐに答えを出そうとせず、考え続ける力」が必要だと言われています。それがネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)と呼ばれるものです。この言葉は、19世紀の詩人ジョン・キーツが考えたもので、「不確実なことや曖昧な状況に耐え、すぐに結論を求めない力」を意味します。
 また、ネガティブ・ケイパビリティの反対のポジティブ・ケイパビリティ(Positive Capability)という言葉もあります。ポジティブ・ケイパビリティとは、問題をすぐに解決しようとする力のことです。しかし、今のように変化が激しい時代では、答えを急ぎすぎると間違った判断をしてしまうこともあります。
たとえば、職場で新しいプロジェクトを始めるとき、すぐに結論を出そうとすると、大事な視点を見落としてしまうことがあります。でも、ネガティブ・ケイパビリティがあるチームは、「今はまだ分からないことが多いから、まずはじっくり話し合おう」と考えます。その結果、よりよいアイデアが生まれたり、柔軟な対応ができたりします。
 これからの時代、多くの情報に惑わされず、「分からないこと」に焦らず向き合い、対話を通じてじっくり考える力を大切にしていくことが必要だと言えるでしょう。

職場におけるメリット

 たとえば、新しいプロジェクトを立ち上げるとき、すぐに方向性を決めて進めることもできますが、メンバーの意見を十分に聞かずに決めると、後から問題が発生するかもしれません。ネガティブ・ケイパビリティがあるチームなら、「現時点では結論を急がず、まずはみんなの意見を出し合おう」と考えます。その結果、より多様な視点が集まり、長期的に成功しやすいプロジェクトになります。
 また、部下が仕事の悩みを相談してきたとき、すぐにアドバイスをするのではなく、「まずは話をしっかり聞く」ことも大切です。上司がじっくり耳を傾けることで、部下は安心して考えを整理でき、自分で答えを見つけられることもあります。
他にも、経営の方針転換などチームの未来が不透明なとき、リーダーは「大丈夫、こうすればうまくいく」とすぐに明確な答えを示したくなります。しかし、現時点で正解がないこともあります。ネガティブ・ケイパビリティを持つリーダーは、「まだ答えは見えていないけれど、みんなで考えながら進めていこう」というスタンスをとり、チームと一緒に不確実な状況を受け入れることへと導いてくれます。
 職場では、スピードだけでなく、「考え続ける力」も必要です。不確実な時代だからこそ、すぐに結論を出さず、対話をしながら答えを探す姿勢が大きな強みになるのではないでしょうか。

介護現場における実践

 介護の現場でもネガティブ・ケイパビリティの考えを応用することができます。たとえば、認知症の利用者さんが「家に帰りたい」と繰り返し訴えることがあります。このとき、「ここがあなたの家ですよ」と正論を伝えても、不安な気持ちは解消されません。ネガティブ・ケイパビリティがある介護士なら、「どうして帰りたいと思うのか」「今どんな気持ちなのか」と、すぐに解決しようとせず、その人の思いに寄り添いながら話を聞くでしょう。その結果、不安を訴える背景がわかり、利用者さんへのケアや関り方をチームで見直すことにつながるかもしれません。
 また、食事を拒否する利用者さんに対して、「食べないとダメですよ」とすぐに説得しようとすると、かえって反発を招くことがあります。ネガティブ・ケイパビリティがある介護士なら、「今日は食べたくない気分なのかもしれない」と考え、しばらく待ってから「少しだけでもどうですか?」と再度声をかけるなど、状況を見ながら対応することができます。無理に食べさせようとせず、時間をかけて関わることで、自然に食べてくれることもあります。
 他にも、新しいケア方法を導入するときも、「すぐに効果を求める」のではなく、試行錯誤しながら少しずつ進める姿勢が重要です。ある利用者さんに合う方法が、別の人には合わないこともあります。焦らず観察し、対話を重ねながら、一人ひとりに最適なケアを見つけていくことが、より良い介護につながります。
介護は、相手の気持ちや状況に応じて対応する仕事です。だからこそ、「すぐに解決しようとせず、不確実な状況に耐えながら関わる力」が、利用者さんの安心や信頼につながっていくのではないでしょうか。

対話がネガティブ・ケイパビリティに役立つ理由

 ネガティブ・ケイパビリティを高めるには「対話」がとても重要です。対話とは、お互いを理解するための関わりと言われています。なぜ、対話がネガティブ・ケイパビリティをたかめるのでしょうか。その理由は以下の通りです。

①正解を求めずに話し合う姿勢

 対話では、正解を押し付けるのではなく、異なる意見や感情を共有します。ときには相手の意見が自分と異なり、明確な結論に至らないこともあります。しかし、その曖昧さの中に共感や理解が生まれることがあります。

②感情や価値観の多様性を受け入れる

 「相手の気持ちや背景を全部は理解できないけれど、まずは聞いてみる」という態度をとることで、感情や価値観の多様性を受け入れ、「共感」が芽生えることがあります。

③意外なアイデアが生まれる余地

 すぐに結論を求めない対話では、予期しなかった視点やアイデアが出てくることがあります。こうした創造的な発想は、曖昧さを尊重した対話から生まれることが多いといわれています。

ネガティブ・ケイパビリティとポジティブ・ケイパビリティのバランス

 ネガティブ・ケイパビリティがすべてというわけではなく、ポジティブ・ケイパビリティとのバランスが重要です。たとえば、職場で新しいプロジェクトを進めるとき、ポジティブ・ケイパビリティが強い人は、すぐに計画を立て、行動に移そうとします。一方、ネガティブ・ケイパビリティがある人は、「まだ見えていない課題があるかもしれない」と考え、しばらく様子を見るでしょう。どちらか一方だけでは、計画が甘くなったり、逆に慎重すぎて前に進めなかったりします。
 大切なのは、この2つのバランスを取ることです。すぐに答えを出そうとせず、一度立ち止まって状況を見極める時間を持つ。でも、考え続けるだけでなく、動くべきタイミングが来たら行動する。この「待つ力」と「動く力」をうまく使い分けることで、より良い判断ができるようになります。 
 現代は変化が激しく、すぐに正解が見つからないことも多い時代です。だからこそ、ネガティブ・ケイパビリティとポジティブ・ケイパビリティをバランスよく活かすことが、よりよい選択につながるのではないでしょうか。

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小山智彦

小山智彦

認定作業療法士

「感謝には人やチームの課題を解決する力がある」と考え、感謝の気持ちを伝える「サンクスカード」の普及に取り組んでいる。国際学会での発表や執筆活動、研修や大学での講義などを通じて感謝の文化づくりと幸せな職場づくりを推進し、「ケアする人もされる人も幸せになる」ことを目指している。 日本作業療法士協会 認定作業療法士/日本実務能力開発協会 認定コーチ/一般社団法人Well-Being DESIGN 認定Well-Being Dialogue Cardファシリテーター/ポジティブ心理学実践インストラクター

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