善意が人を追い詰めるとき
近年、医療・介護現場の相談窓口で急増しているのが、「ハラスメントと断定できないが、強い不快感や不安を感じた」という声です。
怒鳴られたわけでも、触られたわけでもない。明確な暴言や脅しがあったわけでもない。それでも、心がざわつき、職場にいることが苦しくなる。この正体が、いま医療・介護現場で最も見えにくく、最も離職につながりやすい「距離感ミス(非意図ハラスメント)」です。
距離感ミスが起こりやすい理由
医療・介護は本質的に「人に近づく仕事」です。
身体・感情・人生の深部に関わるため、距離が縮まりやすい反面、境界線が曖昧になりやすい職種でもあります。
・「心配しているから」という名の過干渉
・「チームだから」という近さの強要
・「善意」「熱意」「使命感」による踏み込み
これらは本人に悪意がないからこそ、問題として認識されにくく、気づいたときには関係性が壊れているケースが少なくありません。
相談窓口で実際に多い医療・介護現場の距離感ミス
① 好意・心配の押し付け
・「あなたが心配で眠れなかった」と伝える
・体調や家庭状況を必要以上に聞く
・プライベートな悩みを引き出そうとする
一見優しさに見えますが、受け手には監視・束縛・重さとして伝わることがあります。
② 雑談・関係性の近づけすぎ
・タメ口やあだ名で呼ぶ
・「もっと心を開いて」と言う
・仕事外の雑談を長時間続ける
医療・介護現場では「仲の良さ」が美徳とされがちですが、親しさの強要は心理的安全性を壊します。
③ 物理的距離の侵害
・指導時に距離が近すぎる
・肩や背中に触れる
・密室・個室での1対1対応
身体に触れる業務が多い職種だからこそ、職員同士の距離にはより慎重さが求められます。
④ 連絡手段・時間の侵入
・個人LINE・DMでの連絡
・夜勤明け・休日・深夜の連絡
・返信がないことを責める
「急ぎだから」「チームだから」という理由で、私的時間が侵食されることへの不調訴えが増えています。
⑤ 特別扱い・関係性演出
・「君は特別」「信頼しているから」
・えこひいきと受け取られる対応
・擬似家族・師弟関係の強調
距離を縮める演出は、相手の自由を奪うことにもなり得ます。
なぜ若手・Z世代ほど違和感を覚えるのか
若い世代は「冷たい」のではありません。
彼らは境界線を尊重する文化の中で育っています。
・同意のない踏み込みを嫌う
・心理的安全性を重視する
・私生活と仕事を明確に分けたい
そのため、「昔は普通だった」「悪気はない」「面倒見ているだけ」という行為ほど、強いストレスになります。

距離感ミスがもたらす現場への影響
距離感ミスは表面化しにくい一方で、次のような影響を与えます。
・若手・中堅の静かな離職
・チーム内の分断と不信
・心理的安全性の低下
・メンタル不調・休職の増加
・組織全体の疲弊
人を支える仕事ほど、人の境界線を尊重しなければならないのです。
これからの医療・介護現場に必要な対応
① ハラスメント教育から「バウンダリー教育」へ
禁止事項ではなく、適切な距離の学習を組織で行う。
② 「意図」より「受け手基準」を共有
善意であっても、不快が生じた事実を尊重する。
③ グレーゾーンを相談できる窓口設計
「大事になる前」に話せる仕組みを作る。
④ 管理職の関わり方を評価項目に入れる
業績だけでなく、人との距離感もマネジメント力として評価する。
⑤ 「近さ=良い支援」という価値観を更新
大切なのは、仲の良さではなく安心できる距離
おわりに

私が現役時代 一番楽しかった職場では、家族ぐるみでイベントに参加したり、気のあった仲間と飲み会や出掛ける企画を立てたり、プライベートでも楽しい時間を共有しました。それが仕事面でもプラスに作用し、良い関係性を構築することができたという実例がありました。しかし状況や時代は常に変化していますし、何が正解ということは断言できませんが、距離感ミスは、誰もが無自覚に起こしてしまう可能性があります。だからこそ必要なのは、断罪ではなく、学び直しと意識のアップデートです。医療・介護の質は、技術や知識だけでなく、人と人との“適切な距離”によって守られています。『心理的安全性が確保された現場』こそが、職員を守り、利用者・患者の安心につながるのではないでしょうか。
このコラムが医療従事者の皆さんのお役に立てれば幸いです。