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専門家コラム

まずは自分を抱きしめて ~セルフコンパッションと感謝の循環~

「自分への優しさ」を忘れていませんか?

介護や医療の現場において、私たち専門職、そして家族介護者の皆さんは、常に「誰かのために」という思いをもってケアにあたっています。利用者の生活を支えたい、痛みを和らげたい、その人らしい人生を生きてほしい・・・。その思いこそが、ケアの源泉なのではないでしょうか。

しかし、その責任感の強さが、時に自分自身を追い詰めることがあります。「もっと良いケアができたのではないか」 「ついイライラして、きつい言葉を使ってしまった」 「他職種と連携できればもっと良いケアができたのに」 一日の終わりに、このような反省が頭を巡ることはないでしょうか。これは真面目で優しい人ほど陥りやすいと言われています。私たち介護・医療従事者の仕事は、身体的な労働だけでなく、常に相手の心に寄り添い、自分の感情をコントロールする「感情労働」と言われています。そして、感情労働は、知らず知らずのうちに私たちの心に過剰な負荷を与え、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」を引き起こす原因となります。
 今、このような状況の時に必要なのは、ケアを提供する私たち自身が、自分を慈しみ、守る力――「セルフコンパッション」だと言われています。

セルフコンパッションとは何か?

「セルフコンパッション(Self-Compassion)」とは、直訳すれば「自分への慈悲」や「自分への思いやり」となります。 簡単に言えば「大切な友人が失敗して落ち込んでいる時にかけるような優しい言葉を、自分自身にもかけてあげること」です。心理学者のクリスティン・ネフ博士は、セルフコンパッションを構成する3つの要素を提唱しています。

① 自分への親切(Self-kindness)
失敗や苦痛を感じたとき、自分を批判したり無視したりするのではなく、温かく理解し、慰めること。「なんでこんなこともできないんだ」ではなく、「今日は疲れていたんだから、仕方ないよ」と自分に語りかける態度です。

② 共通の人間性(Common humanity)
苦しみや失敗は、自分だけのものではなく、人間なら誰しもが経験するものだと認識すること。「私だけがダメなんだ」と孤独になるのではなく、「誰だって完璧にはできない。みんな同じように悩んでいる」と、他者とのつながりを感じる視点です。

③マインドフルネス(Mindfulness)
今の自分の感情を、良い悪いと判断せずに、ありのままに気づくこと。苦しみを過剰に誇張してドラマのように浸るのでもなく、逆に「辛くない」と抑圧するのでもなく、「今、私は辛いと感じているな」「悲しいんだな」と、ただ静かに受け止める心の在り方です。

この3つが揃ったとき、私たちは自分自身を「敵」ではなく「味方」として受け入れることができます。これは決して「自分を甘やかす」ことや「向上心を捨てる」ことではありません。むしろ、自分を肯定的にとらえ、失敗を恐れずに再び立ち上がる力(レジリエンス)を養うための、科学的にも裏付けられたアプローチだと言われています。

なぜ、ケアの現場で「自分」を優先すべきなのか

 「利用者が困っているのに、自分を優先するなんて」 そう抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし、育児の場面を想像するとわかりやすいと思います。もしお母さんが寝不足と疲労でボロボロになり、笑顔も消えて倒れそうになっていたら、子どもは安心して甘えられないのではないでしょうか。ケアの現場もこれと全く同じです。 私たちが自己犠牲の上に成り立ったケアを続けると、必ずどこかのタイミングで無理が生じます。表情が険しくなり、言葉が事務的になり、最悪の場合、虐待や不適切なケアという悲劇にもつながりかねません。
 セルフコンパッションを持つことは、専門職としての甘えや職務放棄ではありません。「笑顔のお母さんが子どもを幸せにする」のと同じように、自分を大切にすることは、長く良質なケアを提供し続けるための職業倫理とも言えるのではないでしょうか。

現場で実践するセルフコンパッション

では、具体的にどのように取り入れればよいのでしょうか。現場の中でできる、いくつかの実践例を紹介します。

①「イライラ」を「人間らしさ」として認める
認知症の方の対応で、何度も同じことを聞かれ、ついカッとなってしまったとします。その時、「また怒ってしまった、私は専門職失格だ」と責めるのをやめ、 代わりにこう考えます。 「これだけ一生懸命向き合っているのだから、イライラするのは当たり前だ。それだけ私は真剣なんだ」 そして、「人間だから感情はあるよ。よく頑張っている。辛かったよね」と心の中で自分に声をかけます。自分の感情を否定せずに認めるだけで、興奮した感情は不思議と鎮静化していきます。

②「スージング・タッチ」を取り入れる
トイレ休憩や、記録を書く前の短い時間で構いません。自分の胸に手を当てたり、二の腕を優しくさすったりしてみてください。これを「スージング・タッチ」と呼びます。身体的な接触は、副交感神経を優位にし、安心感をもたらすオキシトシンというホルモンの分泌を促します。

③「できたこと」に目を向ける
一日の終わりに、できなかったことの反省会をするのはやめましょう。代わりに、「今日できたこと」「良かったこと」を3つ、手帳に書き出すか、思い浮かべてください。 「今日もAさんが笑ってくれた」 「定時で記録を書き終えた」 「昼食が美味しかった」 どんなに些細なことでも構いません。これは脳の回路を「欠如(ないもの)」から「充足(あるもの)」へ向け変えるトレーニングとなります。

自分への慈しみが、「感謝」の循環を生む

セルフコンパッションによって自分の心が満たされ始めると、不思議な現象が起きます。 世界の見え方が変わり、「感謝」の気持ちが自然と湧いてきます。自分自身の不完全さを「それでいい」と許せるようになると、他者の不完全さも許せるようになります。 「なんであの同僚は手伝ってくれないの」という怒りが、「彼も余裕がない中で頑張っているのかもしれない」という寛容さに変わります。 「なんで利用者はわかってくれないの」というもどかしさが、「病気がありながらも、懸命に生きているんだな」という敬意に変わります。心に余裕ができると、今まで見落としていた「小さな幸せ」に気づけるようになります。 同僚が入れてくれたお茶の温かさ、利用者がふと見せた穏やかな表情、家族からの「ありがとう」という言葉・・・。それらを当たり前として流すのではなく、「ありがたいな」と深く味わう感性が戻ってきます。

ウェルビーイング(幸福で健康な状態)とは、決して毎日がハッピーで何の問題もない状態を指すのではありません。 辛いことも、大変なこともある。けれど、そんな自分を「よくやっている」と認め、支えてくれる周囲や環境に「ありがとう」を感じられる、しなやかな心の状態のことです。

「感謝」は、義務感でするものではありません。自分のコップが満たされた時に、自然と溢れ出るものです。 だからこそ、まずは自分自身に感謝を向けてみてください。今日一日、逃げずに現場に立ち続けた自分へ。 誰かのために心で寄り添った自分へ。 そして、今これを読んでいる、心優しいあなたへ・・・。

「今日もお疲れ様。よく頑張ったね。ありがとう」

まずは鏡の中の自分にそう伝えることから、始めてみませんか?

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小山智彦

小山智彦

認定作業療法士

「感謝には人やチームの課題を解決する力がある」と考え、感謝の気持ちを伝える「サンクスカード」の普及に取り組んでいる。国際学会での発表や執筆活動、研修や大学での講義などを通じて感謝の文化づくりと幸せな職場づくりを推進し、「ケアする人もされる人も幸せになる」ことを目指している。 日本作業療法士協会 認定作業療法士/日本実務能力開発協会 認定コーチ/一般社団法人Well-Being DESIGN 認定Well-Being Dialogue Cardファシリテーター/ポジティブ心理学実践インストラクター

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