はじめに──転職を繰り返す人の心理
現代の働き方は多様化し、転職はもはや珍しいことではありません。かつては「石の上にも三年」と言われた時代もありましたが、今は「キャリアの柔軟性」や「自己実現」を求めて転職を重ねる人が増えています。しかし、その背景には必ずしも前向きな理由ばかりではなく、不安や迷いが隠れていることも少なくありません。ここでは、転職を繰り返す人の心理を、医療・介護職に特化した3つの事例を通して考えてみたいと思います。
事例1:人間関係の改善を求める転職
Aさん(30代・女性)は看護師。最初に勤めた病院では、縦社会の厳しさとパワハラまがいの指導に耐えきれず、2年で退職。その後の職場でも「先輩の顔色をうかがわなければならない」「新人だから意見できない」という空気に押され、再び転職を選びました。Aさんが繰り返し転職した理由は、人間関係のストレスから解放されたい という思いでした。医療・介護職では、チーム連携が欠かせない一方、閉鎖的な環境の中での人間関係が強いストレス源になることがあります。「今度こそ居心地のよい職場に出会えるはず」と期待して転職を重ねますが、自分にとって譲れない条件や価値観を整理しないままでは、同じ問題に直面しがちです。心理的には「安心できる居場所」を探し続ける旅が続いているのです。
事例2:スキルアップや専門性を求める転職
Bさん(20代・男性)は介護士。特養で経験を積んだのち、「もっと医療的ケアを学びたい」と思い、医療依存度の高い施設へ転職しました。数年後には訪問介護に挑戦し、さらに看護学校に進学して資格を取得。これまでに4回の転職を経験しています。Bさんの場合、転職は キャリアアップと自己成長の手段 でした。「より高度なケアを学びたい」「資格を生かせる現場で働きたい」という前向きな期待がありました。ただし、成長欲求が強い人ほど現状に満足できず、「もっと良い環境があるはず」と考えやすくなります。その結果、転職を繰り返し、定着率が低く見られるリスクもあります。心理的には「自己効力感を確認し続けたい」思いが転職を後押ししているのです。
事例3:理想のケアを追い求める転職
Cさん(40代・女性)は、これまで病院・有料老人ホーム・デイサービス・訪問介護と多様な現場を経験しました。どの職場でも数年は働きましたが、「もっと利用者さんに寄り添えるケアができる場所があるはず」と感じ、転職を繰り返してきました。Cさんは、理想のケアと現実の制度や職場環境とのギャップ に悩んでいました。「人員不足で理想の看取りができない」「家族の意向と本人の希望が一致しない」など、現場には理想を阻む壁が多く存在します。そのたびに「ここではやりたいケアができない」と感じ、また新しい職場を探すのです。このケースでは、転職は「夢を追い続ける行為」であり、同時に「現実からの逃避」にもなり得ます。心理的には「自己実現を叶えたい」という純粋な思いが、何度も転職を選ばせているのです。
転職を繰り返す心理と期待の共通点
これら3つの事例に共通するのは、「今の自分をより良い状態にしたい」という願い です。
・Aさんは「安心できる人間関係」を求め、
・Bさんは「成長とスキルアップ」を求め、
・Cさんは「理想のケア」を求めました。
つまり、転職は単に職場を変える行為ではなく、心理的な欲求を満たすための手段 なのです。
医療・介護職特有の背景
医療・介護の世界で転職が多い背景には、他の業種にはない要因もあります。
1. 人間関係の密度が高く、摩擦が起きやすい
2. 命を預かる責任とプレッシャーが大きい
3. 慢性的な人員不足による過重労働
4. 利用者・家族との意向の相違
5. 理想と制度・現実との乖離
こうした要因が重なり、転職を心理的な「逃避」や「希望の架け橋」として選ぶ人が少なくないのです。

解決へのヒント
転職を繰り返すこと自体は、キャリアの選択肢の一つです。しかし、安易な転職は「また同じ問題にぶつかる」可能性を高めます。そこで大切なのは、自分の内面を整理することです。
1.自己分析を行う
自分にとって譲れない条件(人間関係・業務内容・働き方)を明確にする。
2.短期的な感情で判断しない
一時的なストレスや不満だけで辞めるのではなく、解決可能かどうかを見極める。
3.長期的なキャリアビジョンを描く
5年後・10年後にどんな専門性を持ちたいのかを考える。
4.職場での対話を増やす
不満を抱え込む前に、上司や同僚に相談し改善の余地を探る。
5.外部の相談機関や専門家を活用する
キャリアカウンセラーや心理カウンセラーに相談し、客観的な視点を得る。
まとめ──私自身の経験から
実は私自身も何度も転職を繰り返した経験があります。理由は、まさに「理想の看護・ケア」を追い求めるあまりでした。現場で誰かの足りない看護や介護を心の中でジャッジし、理想を追求し無理をしながら、自分のキャパを超えてまで頑張ってしまう。その結果、我慢の限界を超え自滅し、転職を繰り返してきたのです。振り返れば、それは「理想を追いたい」という純粋な気持ちと同時に、「現実を受け入れられない自分」との葛藤でもありました。転職先を変えても、内面の問題に向き合わない限り、同じ課題が繰り返されることに気づいたのはずっと後のことです。だからこそ今は、環境だけを変えるのではなく、自分が本当に大切にしたいものを整理し、内面の声に耳を傾けること が必要だと強く感じています。転職はキャリアを豊かにするチャンスでもありますが、それ以上に「自分と向き合う機会」でもあります。医療・介護の現場に携わる方が、自分の価値観や理想を見失わずに働き続けられるよう、社会全体で理解と支援を広げていくことが大切です。そして、一人ひとりが「自分にとっての納得できる働き方」に出会えるよう、少しでも私の経験も役立てばと願っています。 このコラムが医療従事者の皆さんのお役に立てれば幸いです。
