理想と現実の狭間で生まれる“認知的不協和””
燃え尽き症候群は「真面目さ」の副作用 医療現場で働く従事者たちは、強い使命感と責任感を持ちながら日々患者さんと向き合っています。しかし、その「誠実さ」や「献身」が、知らず知らずのうちに自分自身を追い詰めてしまうことがあります。燃え尽き症候群(バーンアウト)は、怠けや甘えではなく、「理想を諦められないほど真面目な人」に起こる心の疲弊です。
燃え尽き症候群を招く10の現場要因
1.過重労働と慢性的な疲労
夜勤や人手不足が常態化し、心身の休息が取れず限界まで働いてしまう。
2.人間関係のストレス
上下関係の厳しさ、派閥、陰口などの心理的圧力が蓄積する。
3.患者・家族からのクレーム対応
理不尽な要求や怒りを受け止め続け、感情を抑え込みすぎて疲弊する。
4.命に関わる重圧と責任感
「ミスは許されない」という緊張が続き、慢性的な不安状態になる。
5.感情労働による共感疲労
患者や家族の苦しみに共感し続けることで、自分の感情が麻痺してしまう。
6.相談・サポート体制の欠如
「相談したら弱いと思われる」と考え、ひとりで抱え込んでしまう。
7.理想と現実のギャップ
「患者さんに寄り添いたいのに、時間が足りない」。理想を叶えられない無力感が募る。
8.努力が評価されない職場文化
どんなに頑張っても「やって当たり前」とされ、達成感を感じられない。
9.プライベートの犠牲
仕事中心の生活で、家族や自分の時間を失い、心のバランスが崩れる。
10.看護観の喪失
「なぜこの仕事をしているのか」が見えなくなり、目的意識を失ってしまう。
認知的不協和が生む「理想の自分」と「現実の自分」の衝突
心理学では、人が自分の信念と行動が一致しないとき、強いストレスを感じる現象を「認知的不協和」と呼びます。
たとえば、看護師が次のような葛藤を抱くときです。「患者さん一人ひとりに丁寧に関わりたい」。 けれど実際は、業務に追われて笑顔すら作れない。「チームで協力して支えたい」 でも現実は、助け合うどころか人間関係に疲れて孤立している。この「理想」と「現実」のずれが続くと、人は無力感に支配され、「もう頑張っても無駄だ」と感じてしまいます。真面目な人ほど自分を責め、「理想を叶えられない自分には価値がない」と錯覚してしまうのです。
自分に厳しすぎる人ほど、燃え尽きやすい理由
医療従事者には「責任感が強い」「他人を優先する」「失敗を恐れる」などのタイプが多い傾向があります。
その背景には、幼少期からの「期待に応えることで愛されてきた経験」や「弱音を吐くのは悪いこと」という価値観が根強く残っていることがあります。こうした人ほど、心身が限界に達しても「もう少しだけ頑張ろう」と自分を奮い立たせてしまう。
その姿勢は尊いものですが、頑張り続けることが前提の職場では、自分の心の声を見失い、気づけば感情が枯れてしまうのです。

現場で見られる“認知的不協和”の3つの事例
事例①:理想を追い求める看護師
患者に寄り添う看護を目指していたが、現実は業務に追われて思うように時間が取れない。「これでは自分の看護じゃない」と感じ、モチベーションが低下。
事例②:上司の期待に応えようとする中堅管理職
「頼られる自分でいたい」と無理を重ね、気づけば部下や患者に笑顔を向ける余裕がなくなった。感情を抑え込み続けた結果、心が麻痺してしまう。
事例③:チーム内で孤立した新人・転職者
ミスを恐れて質問できず、完璧を目指して空回り。「自分は何をしてもダメだ」と思い込み、出勤前に動悸や吐き気を感じるようになる。
燃え尽きを防ぐための5つのヒント
1. 「完璧」を手放す勇気を持つ
すべてを理想通りにしようとせず、「今できる最善」を受け入れる柔軟さを持つ。
2.感情のメンテナンスを習慣化する
同僚との対話、カウンセリング、 ジャーナリング(感情の書き出し)などで心を整理する。
3.信頼できる人に“弱さ”を見せる
「助けて」が言えることは、弱さではなく強さ。孤立を防ぐ第一歩になる。
4.職場での心理的安全性を高める
話しやすい雰囲気づくりや上司の傾聴姿勢が、チーム全体のメンタルを守る。
5.自分の看護観を見直す時間をつくる
「自分はなぜこの仕事を選んだのか」「どんな看護・介護・ケアを大切にしたいのか」を定期的に振り返る。 私自身も「理想の看護・ケア」を追い求めるあまり、職場の誰かの足りない部分をジャッジし、我慢の限界を超えて転職を繰り返してきました。「もっと良くしたい」という純粋な思いが、いつの間にか自分を追い詰める刃になっていたのです。
そんな私が学んだのは、「他人を変えるより、まず自分を許すこと」。その瞬間から、ようやく“理想と現実の間”で穏やかに働けるようになりました。
まとめ:真面目さの裏側にある「優しさ」を守るために

燃え尽き症候群は、真面目で責任感のある人ほど陥りやすい心のサインです。
理想を追うことも、努力を続けることも尊い行為ですが、それが「自分を責める理由」になってはいけません。医療現場で一番大切なのは、「人を癒す人が、まず癒されていること。」そのために、医療従事者一人ひとりが「自分の限界に気づく力」「助けを求める勇気」を持てる環境づくりが、今こそ必要とされています。 このコラムが医療従事者の皆様のお役に立てれば幸いです。