難病とは?
(難病の患者に対する医療等に関する法律における定義)
発病の機構が明らかでなく、かつ、治療方法が確立していない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とすることとなるもの
(言葉がもつイメージ)
「難しい病」と書きますが、いったい何が難しいのでしょう?
治療が難しい、理解が難しい、受け入れが難しい、生活が難しい・・など、ネガティブなイメージが先行するのではないでしょうか?これまで数多くの神経難病患者さんに関わってきた経験から、日々「難しい」と感じることや、それだけではない側面について思うことを書き連ねたいと思います。
難病患者が抱える課題・ニーズ
阿賀野市の旧安田町にある神経難病専門の医療機関で、入院患者の9割が神経難病患者です。主な疾患は「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」「パーキンソン病」「脊髄小脳変性症」「多系統萎縮症」などです。
県内あらゆる地域から相談があります。どうしてこんな辺鄙な地域の病院に絶えず相談があるのか?それは神経難病患者さんが抱えるニーズが多種多様だからだと考えます。疾患によって進行のスピードや症状は様々ですが、このようなニーズがあります。
<例>
◆ 進行期には医療行為が必要となる
◆ 内服コントロールとリハビリテーションが重要
◆ 若年発症や遺伝性疾患の場合、経済的負担が大きくなる(仕事が困難・一家に複数人の患者がいる)
◆ 精神症状が伴う疾患や遺伝性の疾患の場合は患者本人だけではなく、周囲の心理的負担も大きくなる
◆ 「治らない」「進行していく」という不安から“医療”への期待が大きい
◆ 周囲からは「よくわからない病気」として敬遠されがち、理解が不十分
医学的な困難さだけではなく、社会的・心理的な課題も絡み合い、それらが生活に大きな影響を与えていることが分かるかと思います。
特に「進行していく」という点は難しく、症状や心理状況に合わせて支援することが重要です。場合によっては先回りをして準備することもあります。医療だけではなく、福祉だけでもなく、あらゆる専門職が連携を図り、患者さんの「今できること・やりたいこと」に目を向ける姿勢、切れ目のない取り組みや環境づくりが支援の鍵になります。
支援からの学び
当院への入院相談の大半は長期療養に関するものです。とは言え、自宅や住み慣れた地域での生活をできる限り続けたいと願うことは当然のことです。そのため、リハビリやレスパイト(介護者の休息)目的の入院も提供し、在宅支援にも取り組んでいます。少しでも長く、安心して在宅療養が送れるように各専門職が連携します。
残念ながら、病気が治って退院するというケースはありませんが、環境やサービスを整えることで自宅での生活を可能にします。人工呼吸器を装着しても、自宅での生活はできます。退院後、ご自宅に訪問することもあるのですが、病院で見る患者さんの顔と自宅での顔は全く別です。病院だと「患者さん」と言われますが、自宅では「夫」「妻」としての役割があったり「お父さん」「お母さん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」としての顔があったりします。その姿になぜかいつもホッとするのです。入院中の患者さんも同じです。私たちスタッフに見せる顔と面会に来たご家族や友人たちに向ける顔は全く違います。
私たちができることは極わずかで、家族や友人には敵わないのです。だからこそ、病気だけをみるのではなく、その人の人生をみる姿勢が大切で、それがソーシャルワーカーの役割だと教えてもらっています。
患者会のボランティア活動を通して
ご縁があり、脊髄小脳変性症の患者会「新潟SCDマイマイ」の活動にボランティアとして参加しています。患者さんたちは、自分自身も苦しい状況にありながら、「同じように大変な人のために」と前向きに活動を続けています。患った病気は確かに難しいものです。しかし、その困難を受け入れ、病とともに歩む姿は、強く、逞しく映ります。
「今」や「未来」を決して諦めない当事者の姿は、私に「専門職として学び続けなければならない」と教えてくれます。その姿に励まされているからこそ、私は今もこの仕事を続けられているのだと思います。
最後に
私たち支援者は、患者さんの本当の苦しみや悲しみを完全に理解することはできません。でも、私たちに見えるものもあります。それは、患者さんの強さと、一歩一歩前へ進んできた歩みです。私たちは、そのすべての患者さんに心から敬意を表します。そして支援者としてできることは、存在し続け、寄り添い続けることなのだと思います。
