「説明した」ではなく、「伝わった」「共に決めた」を目指す支援
医療・介護・福祉の現場では、エビデンスに基づく実践(EBP)が質の高い支援の基盤となっています。しかし、どれほど科学的に正しい支援を行っていても、「気持ちを分かってもらえなかった」「自分の希望が置き去りになった」と感じる患者さんや利用者さんは少なくありません。これからの専門職に求められるのは、エビデンスに加えて、その人の人生や価値観を理解するナラティブ(物語)、安心して思いを語れる傾聴と対話、そして本人と共に選択する(患者・利用者中心の意思決定)です。では、前回のコラムでご紹介した5つのギャップに加えて更に現場で起こりやすい5つのギャップについて考えてみましょう。
1.「説明した」と「理解できた」は同じではない
医療者は治療内容やケアの必要性を丁寧に説明したつもりでも、患者さんは「難しくて理解できなかった」「不安で頭に入らなかった」と感じることがあります。説明とは、一方的に情報を伝えることではありません。本当に大切なのは、「相手がどう受け止めたか」を確認することです。そのためには、「ここまでのお話で気になることはありますか」「今のお気持ちはいかがですか」と対話を重ねることが重要です。理解とは、説明が終わった時ではなく、患者さんが納得し、自分の言葉で話せるようになった時に初めて生まれます。
2.症状だけではなく、「人生」を支える視点を持つ
医療・介護・福祉職は、病気や障害への支援を専門としています。しかし、患者さんや利用者さんが向き合っているのは、病気だけではありません。「仕事を続けられるだろうか」「家族との生活はどうなるのだろう」「趣味を諦めなければならないのか」──その人は、自分の人生そのものに不安を抱えています。だからこそ必要なのは、「どこが痛いですか」という問いだけではなく、「これからどのような生活を送りたいですか」という問いです。病気を診るだけでなく、その人の人生の物語に耳を傾けることが、ナラティブを大切にした支援につながります。
3.多職種が連携していても、「私を見てくれる人」が必要
医療や介護の現場では、多職種連携が当たり前になりました。医師、看護師、リハビリ職、介護職、ケアマネジャー、ソーシャルワーカーなど、多くの専門職が関わります。しかし、患者さんや利用者さんの中には、「たくさんの人が来るけれど、本音を話せる人がいない」と感じる方もいます。情報共有ができていることと、信頼関係が築けていることは同じではありません。「今日は何か気になることはありませんか」と継続して声をかけ、小さな変化に気づく存在がいることで、人は安心して本音を話せるようになります。連携とは情報を共有することだけではなく、「その人を中心に心をつなぐこと」でもあるのです。
4.終末期だからこそ、「その人らしい最期」を共に考える
終末期医療では、症状緩和や医学的判断が重要になります。しかし、それだけでは十分とは言えません。
「自宅に帰りたい。」
「最後まで好きな音楽を聴きたい。」
「家族と食卓を囲みたい。」
こうした願いは、医学的なデータでは測ることができません。だからこそ、「何ができるか」ではなく、「何を大切にしたいのか」を本人や家族と繰り返し話し合うことが大切です。Shared Decision Makingとは、⦅シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM:共同意思決定)⦆ 医師と患者さんが対等な立場で相談しながら、治療法を選択していくプロセスです。医療者が答えを決めることではありません。本人の価値観を尊重しながら、最善の選択を一緒に考えるプロセスなのです。

5.「医学的に正しい」と「その人にとって幸せ」は同じではない
医療者は、どうしても「正しい治療」「正しいケア」を提供しようとします。しかし、その「正しさ」が、必ずしも患者さんや利用者さんの幸せにつながるとは限りません。
例えば、厳格な食事制限で寿命が延びる可能性があっても、「大好きな食事を楽しみたい」という思いを大切にしたい人もいます。転倒リスクがあっても、「自分の足で庭を歩きたい」と願う人もいます。その人にとって何が幸せなのか。その答えは、エビデンスだけでは導き出せません。だからこそ、専門職には「医学的に正しいか」という視点に加えて、「この人らしい選択か」という視点が求められるのです。
まとめ~エビデンスだけでは支えられないものがある
エビデンスは、安全で質の高い医療・介護・福祉を提供するために欠かせない土台です。しかし、土台だけでは、その人らしい人生を支えることはできません。その人が何を大切にし、どのような人生を歩み、どのような未来を望んでいるのか。その物語に耳を傾け、対話を重ねながら共に考えることが、これからの専門職に求められる役割ではないでしょうか。EBP、ナラティブ、傾聴、対話、そして患者・利用者中心の意思決定。これらは別々の考え方ではありません。互いに補い合うことで、一人ひとりに合った支援を実現するための大切な柱です。
「この支援は正しいだろうか。」その問いに加えて、「この支援は、この人にとって本当に幸せにつながるだろうか?」
この問いを持ち続けることが、医療・介護・福祉職の専門性をさらに深め、患者さんや利用者さん、そしてご家族の安心につながる支援へと発展していくのではないでしょうか?このコラムが少しでも医療従事者の皆さんのお役に立てれば幸いです。
