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スパイト行動(いじわる)はなぜチームを不幸にするのか?

スパイト行動とは?

スパイト行動(spiteful behavior)とは、他人に損害を与えることを目的として、自分自身にも不利益が及ぶような行動(心理的傾向)のことを指します。「スパイト」には、いじわる・悪意という意味があります。通常、人は「自分にとって得かどうか」を基準に行動を選ぶと考えられていますが、スパイト行動の場合は、自分が損をしてでも「相手を貶めたい」「成功させたくない」といった感情が上回ります。例えば、行動経済学の実験では、「他人が多く報酬をもらうなら、自分の報酬も減って構わない」といった選択をする人が一定数存在することが明らかになっています。
職場においても、このスパイト行動はしばしば見られます。たとえば、新人職員が目覚ましい成果を上げたとき、それを素直に称賛するのではなく、「あの人は上司に気に入られているだけ」と噂を広めたり、あえて協力を避けるような態度を取ったりする人がいます。また、プロジェクトの成功が確実になってきた段階で「自分は納得していない」と水を差すような発言をし、チーム全体のモチベーションを下げてしまうケースもあります。これらは、誰かの評価が上がることで自分の立場が相対的に低くなると感じることへの反発や、嫉妬心、あるいは「自分だけが損をしている」という不公平感から生じる行動と考えられています。表面上は冷静に見えても、裏に強い負の感情が潜んでいることが多く、放置すると職場の雰囲気をじわじわと悪化させていきます。

よくある職場のスパイト行動

スパイト行動は、決して特別な誰かがとるものではありません。嫉妬や劣等感、不公平感といった感情が揺らぐとき、人は誰しもスパイトな行動をとってしまう可能性があります。ここでは、職場でよく見られる3つのパターンを紹介します。

①協力しないという抵抗
ある部署で、介護現場で活用できるICT機器の導入が決まり、Aさんがリーダーとして全体にレクチャーする立場になりました。Aさんは若手ながらも熱心で、資料作りや説明も丁寧です。しかし、その変化を快く思わないベテランのBさんは、「そんなの自分には関係ない」と言わんばかりに関心を示さず、研修にも後ろ向きな態度を取ります。Bさんはかつて同様のプロジェクトに関わった経験があり、実は貴重なノウハウも持っているのですが、それを一切共有しようとしません。「協力すればAさんの評価が上がるだけだ」と内心で考え、あえて情報を出し渋る、このような行動は典型的なスパイト行動の一つです。

②成功に水を差す、チームへの逆風発言
あるチームが長期にわたって取り組んできたプロジェクトが、ようやく大きな成果を出し、会議でその成果を幹部職員も含め共有されました。中心メンバーのCさんは、誰よりも責任感を持って仕事に取り組んできた人物でした。しかし、普段あまり注目されることのないDさんは「Cさんばかり評価されるのは不公平だ」と感じ、会議の後、「本当にあれでよかったの?」「もっと効率的なやり方もあったんじゃない?」といった否定的な言葉を周囲に投げかけます。事実確認をしたわけでもなく、建設的な提案でもありません。ただ成功の空気に傷をつけたい、そのような感情が行動に出てしまうスパイト行動です。こうした一言が、チームのモチベーションを大きく低下させることに繋がります。

③陰口と同調心理
職場に新しく入ったEさんは、明るく前向きな性格で、仕事もテキパキとこなします。上司からの評価も高く、部署内でも信頼されつつありました。しかし、それを面白く思わないFさんは、ある日から「Eさんって八方美人っぽくない?」「あれ、上司ウケ狙ってるよね」といった陰口を言い始めます。最初は冗談のような言い方でも、聞いている周囲の人たちも徐々に影響を受け、Eさんに対する不信感が生まれてきます。直接的な攻撃ではなくとも、陰口や皮肉によって職場内の人間関係に亀裂を生む、このような行動も、スパイトの一種です。「みんなが言っているから」「私だけが浮きたくない」という同調心理が加わると、誰かを孤立させる空気が簡単に出来上がってしまいます。

チームに与える負の影響

スパイト行動が職場に蔓延すると、チームに深刻な悪影響を及ぼします。その最たるものが「心理的安全性の低下」です。心理的安全性とは、「自分の意見や感情を安心して表現できる」「失敗しても非難されない」と感じられる職場の空気のことを指します。これは、チームの創造性や協力関係、生産性の土台とも言われており、近年注目されていました。しかし、スパイト行動が起きると、この基盤が徐々に崩れていきます。
たとえば、あるチームで若手職員のGさんが、新しいサービス改善のアイデアを出しました。上司も関心を示し、試験的に導入する方向になったのですが、それを面白く思わなかった中堅のHさんが、「理想ばかりで現場を知らないよね」と周囲に皮肉を言い、裏で「うまくいかなければいいのに」と不満を漏らしていました。やがて他のメンバーも、「また余計なことが始まった」「下手に協力すると自分も巻き込まれる」と発言を控えるようになります。
このようにして、誰かが行動を起こすたびに陰口や妬みが生まれる空気ができてしまうと、チーム内で自由に発言したり新しいことに挑戦したりすることが怖くなっていきます。「出る杭は打たれる」という無言の圧力が強まり、メンバーは無難な言動を選ぶようになります。このような状況がチームの心理的安全性を著しく低下させます。そして、心理的安全性が低くなると、自然と「意見交換」「相談」「助け合い」といった行動が減り、チーム全体の協力関係も崩壊していきます。新しいアイデアは出なくなり、問題が起きても共有されにくくなり、その結果、仕事で成果を生み出すことが難しくなります。
このように、スパイト行動は一見些細な個人の感情や言動のように見えても、放置されるとチーム全体の健全性をじわじわと蝕み、最終的にはチームの成果にも影響を及ぼしてしまうのです。

スパイト行動への対処法

スパイト行動を完全になくすことは難しいかもしれませんが、チームリーダーの姿勢と関わり方次第で、その影響を最小限にとどめることは可能です。まず大切なのは、チーム内に「感情を言葉にできる場」を意識的に設けることです。スパイト行動の多くは、嫉妬や不満、孤独感といった感情の出口がなく、ゆがんだかたちで表出してしまった結果と言えます。リーダー自身が安心して本音を語れる機会をつくること(1on1ミーティング、不満や怒りも吐き出す場をつくる)が、早期の感情の受け止めにつながります。
また、成果や貢献を「個人」で評価するだけでなく、「チーム全体で達成したこと」として共有することも有効です。誰か一人が脚光を浴びる構図は、他者のスパイト感情を刺激しやすいため、リーダーはあえて「影の支え」や「日常の小さな貢献」にもスポットを当て、全員が必要とされていると感じられる環境づくりを意識し、チーム全体で共有することが大切です。ここで特に大切なのが「感謝」の文化です。「ありがとう」という言葉は、相手の存在や行動を承認する最もシンプルで強力なメッセージです。お互いの努力や思いやりに気づき、それを言葉で伝え合うことは、スパイト感情の芽を摘み、信頼を深める力になります。
職場の空気は、放っておけば自然と良くなるものではありません。だからこそ、リーダーが人間関係の温度管理を意識し、心理的に安心して働けるチームを育てていくことが、スパイト行動の予防と改善につながります。そしてその鍵は、日々の小さな「感謝」の積み重ねだと私は考えます。健やかな職場は、ひとりひとりの思いやりと、リーダーの小さな気づき、そして「ありがとう」の一言から育まれていくのではないでしょうか。

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小山智彦

小山智彦

認定作業療法士

「感謝には人やチームの課題を解決する力がある」と考え、感謝の気持ちを伝える「サンクスカード」の普及に取り組んでいる。国際学会での発表や執筆活動、研修や大学での講義などを通じて感謝の文化づくりと幸せな職場づくりを推進し、「ケアする人もされる人も幸せになる」ことを目指している。 日本作業療法士協会 認定作業療法士/日本実務能力開発協会 認定コーチ/一般社団法人Well-Being DESIGN 認定Well-Being Dialogue Cardファシリテーター/ポジティブ心理学実践インストラクター

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