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専門家コラム

医療従事者こそ「自分の不調を軽視する」

自己判断の落とし穴

医療の世界では、人の命に関わる現場だからこそ、職員は常に「誰かのため」に動いています。しかしその一方で、自分自身の体調や心の不調については“勝手な自己判断”で放置してしまう医療従事者が少なくありません。
「まだ大丈夫」
「これくらい、患者さんに比べたら大したことない」
「忙しいから今は休めない」
こうした“医療従事者あるある”は、一見すると責任感や使命感から生まれる行動に見えます。しかし実は、心のメカニズムが複雑に絡み合い、自分を守ることに鈍感になっているサインでもあるのです。医療従事者が陥りやすい自己判断の背景と現場で起こりがちな3つの事例、そして、そこに隠れた心理について解説したいと思います。

■ 医療従事者が“自己判断”をしてしまう3つの心理メカニズム

1. 認知的不協和──「分かっているのにできない」心の矛盾
医療の知識があるからこそ、「本当は受診すべき」「休むべき」という正しい判断が頭では分かっています。
しかし同時に「迷惑をかけたくない」「この程度で休むべきではない」という別の価値観が衝突し、“行動できない状態”が生まれます。

2. 専門家バイアス──「自分のことは分かる」という錯覚
医師・看護師・介護士は、日々多くの症状に触れています。その経験から、自分の体調不良にも“職業的視点での自己診断”をしてしまいがちです。
しかし、専門家だからこそ起こる「思い込み」が正しい判断を妨げることも少なくありません。

3. 配慮の歪み──“人のため”が自分を追い詰める
医療従事者の多くは、他者への責任感が非常に強い傾向があります。
その結果、「自分が抜ければチームが困る」「患者さんがかわいそう」と考え、自分のことを後回しにしてしまいます。

■ 現場で実際に起こりやすい“自己判断”の3つの事例

【事例1】微熱と倦怠感を「ただの疲れ」と決めつけた看護師
ある看護師は、夜勤明けから続く微熱と身体のだるさを感じながらも、「どうせ休めない」と自己判断で出勤し続けました。
しかし実際には感染症の初期症状で、数日後に症状が悪化。
結果として長期の休職が必要になり、チーム全体に大きな影響が出てしまいました。

● 背景にある心理
・「忙しいから」という外的圧力ではなく、“自分がいなければ”という使命感
・本当は知っているはずの「早期対応が重要」という知識との矛盾
認知的不協和が強く働き、正しい判断ができなくなっていた例です。                                                                                          

【事例2】
腰痛を放置し、介助中に動けなくなった介護士
福祉施設で働く介護士Aさんは、慢性的な腰痛を抱えていました。しかし、
「みんな同じくらい痛いはず」
「患者さんを優先しないといけない」
と考え、受診もリハビリも後回しにしていました。
ところが、ある日介助中に激痛が走り、そのまま動けなくなり救急搬送に。
本人にとっても職場にとっても大きな損失となりました。

● 背景にある心理
・「迷惑をかけたくない」という過剰な責任感
・“職業病”だと決めつける専門家バイアス
・チームの人手不足への罪悪感

【事例3】
医師自身が“医者の不養生”に陥る構造
ある医師は、慢性的な不眠と動悸に悩まされていました。しかし、受診を勧められても
「自分でコントロールできる」
「まだ大丈夫」
と自己判断し、生活習慣改善も先延ばし。
最終的に、過労による不整脈で緊急入院。
「患者には診察を勧めるのに、自分にはできなかった」と強い葛藤を抱えました。

● 背景にある心理
・“治す側”であるというプライド
・「弱音を見せてはいけない」という役割意識
・専門知識ゆえの過信
まさに“医者の不養生”の典型例です。  

■ なぜ医療従事者は自分の不調ほど正しく判断できないのか?

医療・介護の仕事は、使命感・責任感・倫理観が非常に強く求められます。
そのため、医療従事者は「自分のことは後回し」が当たり前になりやすいのです。
・患者最優先
・仲間への配慮
・“自分は強くあらねばならない”という意識
・忙しさによる慢性的ストレス
・ギリギリの人員配置
これらが重なることで、自己判断の誤りが“職業的習慣”として根づいてしまいます。

■ 医療従事者が自分を守れる現場づくりへ

医療従事者は、他者の命を守るプロフェッショナルです。
しかし同時に、“自分自身の健康を守ること”もまた、プロとして欠かせない責任です。

自己判断で無理をすることは、責任感ではなくリスクになる。
これは医療者ほど忘れがちな視点です。
だからこそ、以下が重要になります。

・相談しやすい職場環境
・体調不良の早期申告を責めない文化
・「自分も患者になりうる」感覚を持つこと
・チーム全体で負担を共有する仕組み
・心身の不調を学ぶリフレクション教育

■ どうか自分を大切に

私自身、体が限界を超えても働き続け、不眠、悪心、体の痒み、発疹、痛み、目眩などの身体症状に襲われながら、我慢して働き続けた結果2度の休職を経験しました。家族を支えるために自分を後回しにした結果でした。
だからこそ強く思います。
みなさんが健康でいることは、患者さんにとっては勿論、ご家族にとって何よりの安心です。
あなた自身を守ることは、大切な人を守り、誰かの命を守ることにつながります。
どうか、日々頑張るあなたが自分を大切にできますように。このコラムが医療従事者の皆様のお役に立てれば幸いです。   

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時田幸子

時田幸子

看護師

会社員、フリーター、主婦を経て看護師国家資格を取得。看護師歴23年。 病院・(特養・有料)老人ホーム・サ高住・ディサービス・訪問看護ステーション勤務。 多数の心理学を学びセミナーを主催。ガン患者様・ご家族様へ傾聴ボランティア歴10年。現在は講師業、セミナー主催、個人カウンセリング&LINE相談活動中。 NPO法人日本ゲートキーパー協会認定講師 ・ 一般社団法人日本ストレスチェック協会認定SMFT ・アンガーマネージメントキッズインストラクター・ 再決断療法心理カウンセラー・トラウマ解消心理セラピスト・ パステル画でイラストや曼荼羅アートを描くことや己書という筆文字を通して、心の癒しと自己表現する場作りのお手伝いも楽しんでいます。

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