”医師・看護師・介護士の間にある“見えない溝”
「チーム医療」とは本来、患者のために多職種が連携し、役割を超えて協力し合う理想の在り方です。しかし実際の医療現場では、その理想とは程遠い現実に直面することが少なくありません。「医師は忙しいから…」「これは看護師の仕事でしょ」「それは介護職がやるべきでしょ」──こんな言葉が日常的に飛び交い、部署間の連携ミスや情報の断絶、そして責任のなすり合いが当たり前のように繰り返されている現場もあります。この記事では、医療・介護現場におけるチームワークの崩壊と、そこから生まれるセクショナリズム(部署間の壁)について、その構造と背景、そして解決策を考えてみたいと思います。
「それは私の仕事ではない」が生む分断
医療従事者はそれぞれ専門性を持った職種です。医師は診断と治療のプロフェッショナル、看護師は患者のケアと観察のエキスパート、介護士は日常生活の支援を担います。それぞれが重要な役割を果たしていますが、時にこの専門性が「分業」を超えて「分断」へと変わってしまうことがあります。特に問題となるのは、以下のような背景です。
● 専門職ごとの縦割り文化
教育や研修の時点から他職種との連携が軽視されがちで、「自分の仕事だけやればいい」という意識が生まれやすい。
● 医師が上、その他は下という歴史的な構造
発言権や評価制度も医師中心で回るため、看護師や介護士の声が届きにくい。
● 情報共有の手段がバラバラ
電子カルテ・紙の申し送り・口頭伝達などが混在し、同じ情報が共有されないまま誤解が生じる。
こうした構造の中で、ある出来事が起こると「誰の責任か」が焦点となり、真の原因や改善点よりも、“保身”が優先されてしまうのです。
小さなミスが信頼崩壊の引き金に
たとえば、ある入院患者の排泄介助が遅れたとします。看護師は「介護士が行うべきだった」と考え、介護士は「看護師が先に指示すべきだった」と主張する。誰かが確認していれば防げたことが、連絡・確認の不足によってトラブルに発展し、職場内に不信感が生まれます。情報共有の仕組みが明確でなく、日常の報告・連絡・相談が属人的(人任せ)になっていると、こうしたミスは何度も繰り返されます。そして、職員同士の「どうせ言っても無駄」「余計なことを言うと面倒になる」という諦めの空気が、現場全体に蔓延してしまうのです。
チーム医療が崩れると、誰が傷つくのか
まず第一に、傷つくのは現場で働くスタッフ自身です。コミュニケーション不足がストレスとなり、「人間関係に疲れた」と離職を考えるスタッフは少なくありません。実際に退職理由として「人間関係の悪化」は常に上位にランクインしています。そして当然ながら、患者にも影響が及びます。確認ミス、ケアの遅れ、説明の食い違いなど、命や生活の質に直結するミスが生まれる可能性があります。つまり、連携できない職場とは、「誰も幸せになれない場所」なのです。
連携を取り戻すための5つのアプローチ

では、この現状を変えるためにはどうすれば良いのでしょうか? すぐにすべてを変えるのは難しいかもしれませんが、次のような小さな実践が、確実にチームワーク再生の第一歩になります。
- 定期的なチームカンファレンスを設ける
医師・看護師・介護士など、異なる職種が一堂に会して患者の状態や業務分担について意見を出し合う場を作る。対面の交流により、関係性が深まり、連携意識が高まる。 - 多職種間で“共通言語”を育てる
例えば「観察」「報告」「異変」の意味が職種ごとに異なることもあります。共通理解のために、言葉の定義をすり合わせる研修を行うと、コミュニケーションエラーが減ります。 - 部署横断型のリーダー・コーディネーターの配置
各職種の間に立ち、調整役を担う人材(例:看護師長、ケースワーカー、主任介護士など)を明確に設定する。 - ミスを責めるのではなく“振り返る”文化を根づかせる
インシデント報告や事例共有会を、責任追及ではなく「学び合い」「再発防止」の機会に変えることで、安心して声を上げやすくなる。 - ICTを活用した情報一元化の推進
電子カルテ・業務連絡ツール・共有アプリを活用し、情報の抜け漏れや誤解を防ぐ工夫を取り入れる。
誰かの「声」が、職場を変える

「医療はチームで行うもの」と言われながら、実際には分断された現場に疲れ果てている人も多いでしょう。でも、ほんの小さな一声――「この情報、全員に伝えておいた方がいいかも」「手伝いましょうか?」という一言が、空気を変えるきっかけになります。
壁を壊すには時間がかかりますが、その第一歩は『人と人として向き合う姿勢』から。
患者のために、そして自分たちが気持ちよく働くために、もう一度『チーム医療』の意味を問い直してみませんか?
以上。いかがでしたか?
このコラムが少しでも医療従事者の皆さんのお役に立てれば幸いです。