元気な高齢者が続けていた共通の習慣とは
私は今、訪問リハビリの作業療法士として、自宅で生活を送る様々な高齢者の方々と向き合っています。障がいのある方、認知症を患っている方、明るく元気に過ごしている方、うつ病になり家に閉じこもっている方。様々な方と出会い、関わっていくなかで、私が特に関心をもっていたのが「何がその人を元気にさせているのか」ということでした。
訪問先で出会う方々の中には、90歳を超えてもなお、会話が明晰で、認知機能にほとんど問題が見られない方もいらっしゃいます。そこで、リハビリの合間に、ふと「元気に長生きするコツは何ですか?」と尋ねて回ったことがありました。食事、運動、睡眠……様々な答えを予想していましたが、そこで浮かび上がってきたある習慣がありました。それは、「日記を書く」ということ。そして、その習慣は。数年どころか、中には10代の頃から実に70年以上、一日も欠かさず綴り続けているという方もいらっしゃいました。
また日記の書き方は、人によって様々です。その日の出来事をたった一行だけ、飾り気のない言葉で記す人もいれば、一日の流れを詳細に書き留める人もいます。中には、正しい言葉を選ぼうと辞書をひきながら、一文字ずつ丁寧に調べながら筆を走らせている方もおられました。 脳の「検索機能」を鍛える、一日一回のバックアップ作業 なぜ、日記という習慣がこれほどまでに脳を若々しく保つのでしょうか。日記を書く、そのプロセスを分析すると、日記を書くという行為は、脳の高度な機能をフル活用する脳活性化リハビリテーションであることがわかります。
まず注目したいのは、脳の「検索機能」です。日記を書くためには、まず「今日、何があったか」という情報を、脳の記憶の貯蔵庫から引き出さなければなりません。朝ごはんに何を食べたか、リハビリでどんな会話をしたか。こうした何気ない出来事を思い出す作業は、エピソード記憶(いつ、どこで、何をしたかという「個人的な体験」に関する記憶)の回想となります。
認知機能が低下してくると、この「思い出す力(想起)」が最初に衰え始めます。しかし、日記を習慣にしている方は、毎日決まった時間にこの「記憶の検索」を習慣的に行っています。これは、パソコンやスマートフォンのデータをバックアップする作業に似ていますね。一日という時間の断片を、ただ何となく流しているのではなく、意識的に言葉に変換し定着させることで、脳内の神経回路が強化され、情報の検索スピードが維持されていきます。
さらに、日記を書くプロセスには「要約」と「構成」という複雑な工程が含まれます。一日の出来事をすべて書くことはできません。「何を書こうか」選択し、「どう表現しようか」順序を組み立てる。このとき、脳の前頭前野が働きます。特に、先述した「辞書を引く」という行為は、視覚情報と言語情報を結びつけ、指先の巧緻動作(細かな運動)を伴うため、脳全体を活性化させる極めて能動的な作業となります。
日記を書くと、認知症予防・幸福度アップにつながる
日記がもたらす恩恵は、個人の実感に留まらず、近年の科学的な研究によっても明らかにされています。
まずは、認知症予防に関する効果です。アメリカのある研究チームが行った調査によると、日々の生活の中で読書を楽しみ、日記を綴る習慣を持つ人は、そうでない人に比べて認知症の発症リスクが約40%も低下する可能性があるという結果が示されました。日記を書くことは、単なる趣味ではなく、脳の健康を生涯にわたって維持するための科学的な健康習慣といえるのではないでしょうか。
そして、日記の力は脳だけでなく、心の質にも変化をもたらします。ポジティブ心理学の創始者として知られるマーティン・セリグマン博士らの研究では、一日の終わりに自身の体験を振り返り、その日あった良かったことを3つ書き留めるワーク「Three Good Things(スリー・グッド・シングス)」の有効性が実証しています。この習慣をわずか3週間続けただけで、参加者の幸福感は有意に高まり、反対に抑うつ傾向が低下することが確認されました。さらに注目すべき点は、その効果の「持続性」です。研究では、ワークを終えた数か月後になっても高い幸福度が維持されていたことが報告されていました。
感謝日記 ~1日の終わりの宝物探し~
さて、ここまで日記が持つ驚くべき力についてお話ししてきましたが、「いざ書こうと思っても、何を書けばいいのか分からない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。そんな方に、私がおすすめしているのが、一日の終わりに小さな「ありがとう」を三つだけ見つける「感謝日記」です。
やり方はとても簡単です。寝る前の数分間、今日一日を振り返り、心が少しだけ温かくなったことや、ありがたいなと感じた出来事を三つだけ書き留めてみてください。
「お昼に食べたお味噌汁が美味しかった」
「一緒に働いている先輩が笑顔で褒めてくれた」
「桜が咲いているのをみて、綺麗だと感じた」
そんな、誰かに話すほどでもないような、ささやかなことで十分です。大切なのは、立派な文章を書くことではなく、自分の身の回りにあるものに目を向け、日々の暮らしの中でつい忘れてしまっていた嬉しい気持ち、感謝の気持ちに意識を向けることです。
私たちの脳は、放っておくとどうしても「できなかったこと」や「足りないもの」といった、ネガティブな情報に目が行きやすい特性(ネガティブバイアス)を持っています。「今日は仕事でミスをしてしまった」「忘れ物をして迷惑をかけてしまった」と自分を責めてしまう夜もあるでしょう。しかし、一日の終わりに「良かったこと」「感謝すること」を探す時間を持つことで、次第にポジティブな情報を選択するように脳が変わっていきます。これは、私も実践して体験したのですが、日常の景色の中に隠れていた「宝物」が、次々と見つかるような感覚になっていきます。
日記を書くということは、自分の人生の「著者」になるということだと思います。その一日をどう受け止め、どんな言葉で綴るかは、自分自身が自由に決めることができます。日記は、一日の終わりにペンを取り、小さな宝物を拾い集める作業になります。その作業の積み重ねが、脳を健やかに保ち、あなたの人生をより豊かで、意味のあるものに変えてくれるのではないでしょうか。