福祉経営を勉強する中で
ピーター・F・ドラッカーの「非営利組織の経営」を読んだのは何年前だったでしょうか。
その中で「非営利組織には成果を重視しない傾向がある。」という1節を読んでアレッっと思ったことがあります。成果は企業より私たち福祉事業において大きな意味をもち、把握と測定が難しいとありました。私たちは直接成果を考え、それを測定する方法を常に考えて行かなければなりません。
自分たちの仕事の成果って何だっけ?私たちの提供する介護サービスでご利用者はどのように変わっていったのだろう?振り返りもせずにサービスを提供しただけで終わっていたように思えてきました。
たとえば、「職員研修」開催の実績自体が成果となり、何のために開催し、参加した職員はどのようなスキルが身についたのかが検証されていない。
終了後のアンケートで、「参考になった」「だいたい参考になった」と肯定的な意見が60%もあれば満足してしまい、それでおしまいです。
研修会自体には相当なコストが投入されているので、参加者の変化が現れなければもったいない話です。介護マニュアルやBCPも作成しただけで神棚に飾っておくのはもったいない。
へたをするとケアマネジャーは、インテークやアセスメント、カンファレンス等のプロセスを経てケアプランを作成するわけですが、作成した達成感で満足してしまい、それを「成果」と勘違いしてモニタリングがおろそかになってしまうこともいけませんね。
いずれにしても「我々の顧客は誰で仕事は何か」「常に考えるべきは成果である」が基本だと思います。
河合隼雄先生から教えてもらったこと
今から20年以上前、東京のあるセミナーに参加して元文化庁長官で心理学者の河合隼雄先生のお話を聴きました。先生から私たち若いソーシャルワーカーに「皆さん、皆さんのサービスを利用している利用者に、ありがとうございますと言ってもらうとうれしいですよね」と問いかけられると、私たち受講者は笑顔でウンウンと頷いています。次に「でも大変な利用者ほど、ありがとうと言ってくれませんよね」と言われると、受講者はウーンと頭を傾けてしまいました。
その当時、在宅介護支援センターとデイサービスの職員を兼務していました。デイサービスの送迎時に必ずご家族がそろって玄関先に出てきて利用者を迎え入れ、「高橋さん、ありがとね」と言ってくれるお宅があり、うれしい気持ちになった記憶があります。給料をもらって、「ありがとう」とお礼を言ってもらえるのだから、自分は良い仕事に就いたと思っていました。
しかし、気にはしていませんでしたが、一人暮らしの高齢者で精神的に不安定であったり、転倒の危険があったりと見守りが必要で心配な利用者には様子を確認するために、電話をかけたり、時に訪問したりしていましたが、そういえば「ありがとう」と言われたことはなかったように思います。
私たちのお客さんって
先生は、そのあと私たちに「ひょっとして、そのご利用者は自分が生きることに大変すぎて、あなたたちソーシャルワーカーや他者に対し「ありがとう」という言葉を発信できる余裕がなかったのではないですか。」と問われました。
「自分のことが大変すぎて、他者に対して、ありがとうとお礼の言葉を発する余裕がない人こそが、あなたたちソーシャルワーカーにとって大切なお客さんではないですか」と言われたような気がして目が覚めました。
介護の現場では、ワーカーとクライエントは対等の関係といわれますが、現実にはお世話をする側と受ける側の二者関係になります。お世話をしてもらっている側とお世話をしてやっている側、弱い立場の人と強い立場の人の関係です。
介護の仕事に就いて1年ぐらいが経過した頃、私の担当居室は、男性の4人部屋で近隣の養護老人ホームから措置替えで移ってきた人たちでした。それぞれ事情があり、家には帰れない人たちでした。
本家の仏壇を参りたいから電話してくれとお願いされますが、電話をしても拒否されました。仕方がないので夜勤明けに二人で墓参りに行ったこともありました。焼き肉が食べたいと言うので、家からホットプレートを持参して部屋で焼き肉パーティーも行いました。ご利用者からはすごく喜んでもらいました。
いつの間にか与える側になっていた
得意満面な私は、いつのまにか自分の言うことを聞いていれば、それなりの幸せを担保し大切にしてやるよと思うようになっていました。逆に文句を言い、拒否をする利用者に対し、お世話をしてやっているのにと気持ちの中で怒りや憎しみの感情が出ていることに気づきました。
まさに与える福祉、弱く可哀想な利用者たちはいつも感謝し、従順でなければいけない異常な世界であり、本来の自立支援とは逆なことを考えていました。いつの間にか、「ありがとう」と言わせることが、仕事の目的や成果になり本来の支援業務から離れてしまっていました。
私たちの仕事って
しかし、今でも利用者から笑顔で「ありがとう」と言ってもらうと、本当にうれしいです。「ありがとう」と言ってもらえなくても、私たちの関わりで少し穏やかな表情に変化した時やニコリとした時もうれしいです。私たちの仕事って、このように少しの変化を「成果」としてとらえて、次はこうなったらいいなと考え接していくことではないでしょうか。
そしたらチャレンジすることも増えますよね。そのために日常からのアセスメント(接し方や観察)がなによりも大切になりますね。