はじめに – 社会構成主義とは何か
私たちは日々の生活の中で、「当たり前」「常識」と思っていることに囲まれて生きています。でも、その「当たり前」は、実は生まれつき決まっていたわけではなく、人と人との関係や、対話の中でつくられてきたものといった考え方があります。これが「社会構成主義」という考え方の基本です。社会構成主義では、「現実」や「意味」は人と人とのやりとり、つまり“関係性の中の言葉”によって形づくられると捉えます。
たとえば、介護現場でよくあるのが、「あの利用者さんはわがままだ」という語りです。一度そう語られると、その人の言動すべてが「わがまま」というフィルターで見られがちになり、職員の関わり方にも影響が出ます。ところが、「あの方は自分の気持ちをしっかり伝えてくれる方だ」と語り直した瞬間、同じ言動が「自己主張」として尊重され、関係性も変わっていく場合があります。
つまり、言葉はただ説明する道具ではなく、「現実をつくる力」を持っており、私たちのチームワークや職場の空気も、日々の会話や語りによって形づくられているとも考えられます。
このコラムでは、そんな社会構成主義の視点から、言葉とチームワークの関係について考えていきます。
私たちの「現実」は、対話の中でつくられていく
「現実」と聞くと、多くの人は客観的に存在する確かなものを思い浮かべるかもしれません。しかし社会構成主義の視点では、現実は人と人との関係性の中で、言葉を通じてつくられていくものだと捉えます。つまり、私たちが「当たり前」と思っている価値観や意味づけは、対話や文化的な背景の中で構築されてきた社会的な産物だと言えます。
たとえば、ある職場で「この人は頼りになるリーダーだ」と語られ続ければ、その人の行動が多少頼りなくても、周囲は自然と期待し、信頼し、実際にリーダーらしく振る舞うようになっていきます。逆に「この人はミスが多い」といった語りが定着すると、その人は本来の力を発揮しにくくなり、周囲もネガティブな面にばかり目を向けるようになります。
このように、私たちは日々の会話の中で、目の前の現実を「共に意味づけ」している傾向があります。チームや組織の雰囲気も、単なるメンバーの集合ではなく、「どんな言葉が交わされているか」「どんな物語が共有されているか」によって形成されていきます。だからこそ、対話はチームワークの土台であり、未来をつくる力を持っています。どんな問いを立て、どんな語りを共有するか。それによって、私たちの現実は日々、形を変えていくことでしょう。
言葉がチームの「空気」をつくる
チームに入った瞬間、「なんだかピリピリしているな」「ここは安心して話せそうだな」と感じた経験はないでしょうか。これがいわゆる「空気」であり、チームの文化や雰囲気です。そしてこの空気は、自然に漂っているわけではなく、日々交わされる言葉の積み重ねによってつくられています。
たとえば、あるチームで「そんなことも分からないの?」という一言が繰り返されれば、やがてメンバーは萎縮し、発言を控えるようになります。反対に、「それ面白いね」「ありがとう、助かったよ」といった言葉が飛び交う場では、互いの強みやアイデアが引き出されやすくなります。
社会構成主義の観点では、言葉はただ情報を伝える手段ではなく、関係性や現実を「構成する力」を持っています。また、リーダーやベテランの言葉は特に影響力が大きく、「どんな言葉が許され、どんな言葉が歓迎されるか」をチームに示す役割も担っています。無意識に使う言葉が、周囲にどんな影響を与えているのか、時には立ち止まって振り返ることが大切です。
チームの「空気」は、放っておけば自然にできるものではありません。日々の言葉によって、丁寧に育てていくものだと言えます。互いを尊重し合い、前向きな言葉を選ぶことで、信頼と協力の空気が生まれていくのではないでしょうか。
「できる」と言えば、できるチームになる
「私たちには無理だよ」「前も失敗したしね」――そんな言葉がチームに広がっていると、挑戦する前から意欲を失い、どんな可能性も閉ざされてしまいます。逆に、「きっとできる」「前より成長してるよ」といった言葉が交わされているチームでは、自然と前向きな姿勢が育ち、困難にも立ち向かう力が湧いてきます。
社会構成主義では、言葉は現実をつくる道具であると考えます。つまり、「できる」と語ることで、人はその可能性を見出し始め、本当に「できる」現実を構築していきます。これは、単なるポジティブ思考や気休めではありません。
たとえば、新しい取り組みに対して、「難しそうですね」と言うだけで終わるか、「どうすればできるか、一緒に考えてみよう」と続けるかで、チームの動きは大きく変わります。後者には、他者の力を信じ、自分たちの力で乗り越えようとする希望と責任感がにじんでいます。
もちろん、「できる」と言っても現実には困難があるかもしれません。しかし、大切なのは「できない理由を探す言葉」ではなく、「可能性を探す言葉」を使い続けること。それがチームの意識を変え、行動を変え、結果として現実を変えていくのではないでしょうか。
対話は力の関係を変えるカギになる
職場の中では、役職や経験年数、専門性などによって、見えない「力のバランス」が存在します。発言しやすい人、遠慮しがちな人、意見が通りやすい人、なかなか耳を傾けてもらえない人――こうした力の非対称性は、知らず知らずのうちにチーム内の関係性や雰囲気に影響を与えています。
社会構成主義の観点では、こうした力の関係も「固定されたもの」ではなく、対話のあり方によってつねに再構築されると捉えます。つまり、どのような場があり、どのような対話がなされているかによって、関係性は変わり得るということです。
たとえば、一方的に指示を受けるばかりの現場では、下の立場の人は「考えなくていい」「どうせ聞いてもらえない」と感じるようになります。しかし、「あなたはどう思う?」「この点、現場からの視点を聞かせてほしい」といった言葉があるだけで、相手の存在が尊重され、現場の声が生きたものになっていきます。
対話は、人の立場や専門性を横に並べ、「共に考える場」をつくります。そこには、上下ではなく、隣り合う関係性が生まれます。意見の違いも、対立ではなく対話の素材として捉えられ、多様性がチームの力へと変わっていくのではないでしょうか。
共に語り、共に紡ぐ未来へ
チームには必ず、そこにしかない「物語」が存在すると、私は考えます。それは、仲間と築いてきた経験、乗り越えてきた困難、日々交わしてきた言葉の積み重ねの中に育まれてきたものです。社会構成主義の立場では、このような物語は「共に語り、共に意味づける」ことで現実となり、未来を形づくっていくと考えます。
たとえば、「うちは変化に弱い職場だ」と語られるチームと、「私たちは柔軟に乗り越えてきたチームだ」と語られるチームとでは、同じ状況でも行動の選択肢や展望がまったく異なってきます。語りの内容が、チームの自己認識や可能性に大きな影響を与えるからです。
だからこそ、「今までどんなことを乗り越えてきたのか」「何を大切にしてきたのか」「これからどう在りたいのか」といった問いを、チームで丁寧に語り合う対話の時間はとても価値があります。未来は、予測するものではなく、共につくっていくもの。言葉を介した共創こそが、組織を成長させ、希望ある明日へと導いてくれます。チームの物語を大切にし、そこに新たな意味を見出すこと。それが、これからの時代のチームワークに必要なのではないでしょうか。