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専門家コラム

「ミスは絶対ダメ」の空気が、現場の息を詰まらせていないか?

日本の社会に漂う閉塞感

 日本は、世界的に見ても非常に「真面目」で勤勉な社会だと言われています。ルールを守り、時間を厳守し、正確な仕事をする。こうした国民性が、日本の高いサービス品質や安全なインフラを築き上げてきたことは間違いありません。
 しかし近年、この「こうあるべき」「ミスは許されない」という過剰な真面目さが、社会全体に閉塞感と不安を生み出しているように感じます。少しでも枠からはみ出せば非難され、一度の失敗でレッテルを貼られてしまう。そして、人の命や人生に深く関わる医療・介護の現場においても、このような空気は、働くスタッフの心を縛り付け、組織の活力を奪う大きな要因となることがあります。本コラムでは、介護現場のチームマネジメントという視点から、この閉鎖的な文化がもたらす弊害と、そこから抜け出し、スタッフが前向きに挑戦できるチームをつくるための道筋について考えてみたいと思います。

「ミス=悪」という呪縛が、現場から「挑戦」を奪う

 介護の現場において、リスクマネジメントは極めて重要です。転倒、誤嚥、服薬間違いなど、利用者の生命や健康を脅かす事故を防ぐために、細心の注意を払うのはプロフェッショナルとしての責務と言えます。
 しかし、問題なのは「ミスをゼロにすること」そのものが目的化してしまい、他のすべてことから優先されてしまうことです。「ミス=悪」という空気が支配する現場では、スタッフはどう振る舞うようになるでしょうか。答えはシンプルです。「何もしないこと」を選ぶようになります。
例えば、いつも車椅子で移動している利用者が「少し歩いてみたい」と希望したとします。スタッフがそれに寄り添い、歩行のサポートをしようと提案したとき、「もし転倒して骨折でもしたら、誰が責任を取るんだ?」という声が飛んでくる。新しいレクリエーションを企画しても、「感染症のリスクは完全にゼロなのか?」と議論が止まってしまう。
 こうした経験を重ねると、スタッフは次第に「余計な提案をしてリスクを背負うくらいなら、いつも通りの業務をこなすことが賢明だ」と学習してしまいます。昨日と同じ今日を繰り返し、決められたマニュアルから一歩もはみ出さない。それは確かに安全かもしれませんが、そこからは利用者の笑顔を引き出すような「挑戦」や、現状をより良くしようという現場の熱量は失われてしまいます。

ベクトルが「利用者」から「上司の目」へすり替わる

 閉塞的な文化がもたらすもう一つの大きな弊害は、スタッフの意識が向かう「ベクトル」が歪んでしまうことです。
本来、介護という仕事のベクトルは「目の前の利用者」に向いているべきです。「どうすればこの人が、その人らしい生活を送れるか」「どうすれば少しでも痛みが和らぎ、笑顔になってくれるか」。そのために私たちは専門性を磨き、チームで協力しています。
 しかし、減点方式で失敗が許されない文化に偏ると、スタッフの最大の関心事は「いかにして上司に怒られないか」「いかにして監査や記録で不備を指摘されないか」へとすり替わってしまいます。利用者のちょっとした変化に気づいて対応するよりも、決められた時間内に書類の体裁を完璧に整えることに必死になる。チーム内での情報共有も、利用者を良くするためのディスカッションではなく、「誰の責任か」を回避するためのコミュニケーションに偏ってしまう。
そして、利用者は、スタッフのこうした内向きな空気を肌で敏感に感じ取ります。上司の顔色ばかりをうかがい、ミスに怯えながら行われるケアが、利用者に本当の安心や温もりを届けることができるのでしょうか。

閉塞感を打ち破るための、具体的なマネジメントの転換

 では、この真面目すぎるがゆえの息苦しさを打破し、スタッフがイキイキと働けるチームを作るために、リーダーやマネージャーはどのようなアクションを起こせばよいのでしょうか。

① 「問題回避」から「ビジョン創造」へのシフト
 「転倒させない」「ミスをしない」というマイナスをゼロにするための「問題回避型」の目標ばかりを掲げていると、人は常にプレッシャーと緊張状態に置かれます。
そうではなく、「この利用者に、最終的にどんな生活を送ってほしいのか」「私たちは、どんなケアを実現できるチームでありたいのか」というポジティブな「ビジョン」を描き、それをチームで共有することです。
 現状と、ありたい姿(ビジョン)との間にあるギャップ。それを「なんとかしなければならない問題」として重く捉えるのではなく、理想に近づくためのエネルギーとして前向きに活用するマネジメントへと思考を切り替えることが重要です。

② 結果ではなく「プロセス」を承認し、感謝を循環させる
 新しいことに挑戦すれば、当然ながら想定外のトラブルや小さな失敗は起こります。その時に、結果だけで判断して叱責するのではなく、「利用者のために良かれと思って試行錯誤した」という「プロセス」そのものを承認する文化を作ることが大切です。
 また、日々の些細な気遣いや、見過ごされがちなスタッフの貢献に対して、意図的に感謝を伝える仕組み(例えばサンクスカードの導入など)も有効です。ポジティブな感情のやり取りは、防衛本能を下げ、他者への信頼感を高めます。「自分の行動はきちんと見てもらえている、認められている」という実感こそが、次なる挑戦への活力となります。

③ リーダー自身の「弱さ」の自己開示
 そして、もう一つおすすめなのが、リーダー自身が完璧な上司を演じるのをやめることです。
 「実は昨日、こんな失敗をしてしまって…」「このケース、私一人ではどう対応していいか悩んでいるんだけど、みんなの意見を聞かせてくれない?」
リーダーが率先して自分の弱さやミスを自己開示(アンラーニング)することで、現場には「あ、ここでは完璧じゃなくても、正直に話していいんだ」という安心感が生まれます。

真面目さを「不安」から「誇り」へ

 介護という仕事は、単なる作業の連続ではありません。その人の人生に寄り添い、時に身体的な機能の回復を共に喜び、その人らしさを取り戻していくという、極めて創造的で尊い仕事です。
 「ミスは絶対ダメ」という正しさの檻から抜け出し、「どうすればもっと良くなるか」をワクワクしながら語り合える。私たちの持つ「真面目さ」を、ミスを恐れることではなく、利用者の幸せを真摯に追求する情熱へと向かわせていくこと。
 一人ひとりのスタッフが肩の力を抜き、前を向いて歩き出せるような「風通しの良い現場」が一つでも多く増えることが、これからの日本の介護、そして社会全体を明るく照らす光になるはずです。

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小山智彦

小山智彦

認定作業療法士

「感謝には人やチームの課題を解決する力がある」と考え、感謝の気持ちを伝える「サンクスカード」の普及に取り組んでいる。国際学会での発表や執筆活動、研修や大学での講義などを通じて感謝の文化づくりと幸せな職場づくりを推進し、「ケアする人もされる人も幸せになる」ことを目指している。 日本作業療法士協会 認定作業療法士/日本実務能力開発協会 認定コーチ/一般社団法人Well-Being DESIGN 認定Well-Being Dialogue Cardファシリテーター/ポジティブ心理学実践インストラクター

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