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“寝たきりゼロ”はもう古い!寝たきりでも「重度化予防」こそを!⑥交感神経過緊張状態ということについて

はじめに

これまで要介護高齢者さんが重度化していく場合の、様々な疾患状態~関節拘縮・身体変形・筋緊張亢進・呼吸苦・褥瘡と取り上げてきました。他にもまだまだあげることができるのですが、今回は個別の疾患ではなく人の状況そのものを大きく規定する「自律神経」のお話をします。


自律神経の働き

皆さん自律神経という言葉は聞いたことがあると思います。では自律神経はどのような働きをするのか説明できますか?

筋肉を動かし身体運動を行わせるのが「運動神経」、痛みや圧の感覚を伝えるのが「感覚神経」です。それに対して、血管の拡張~収縮=血圧体温調整、消化器内蔵の動き=食物消化や排泄、状況に応じて呼吸や心拍が早くなったり遅くなったりといった作用など、つまり人が生きていく上での基本的な生理機能を自律的に司るのが自律神経です。自律的に機能しますから、基本的には意志でコントロールすることはできません。

そして、自律神経には相反する2つのシステムがあります。それが「交感神経」と「副交感神経」ですね。交感神経と副交感神経の作用を一覧表にまとめると以下のようになります。

交感神経と副交感神経

より活動的な状況あるいはストレスに対応するのが交換神経、よりリラックスした状態を司るのが副交感神経です。私たち健常者は24時間の生活の中で、睡眠~食事摂取~活動~排泄など様々な状況を過ごしています。
その都度、交感神経が優位になったり副交感神経が優位になったりしながら、状況に応じた相応しい身体状態に調整してくれているわけです。分かりやすく一例をあげるとしたら、例えば激しい運動をしている時や派手な夫婦喧嘩をしている時、つまり交感神経が昂っている時に普通は、『お腹空いたなーご飯食べたいなー(食欲)』とか『あーウンチしたいなー(排泄)』とは感じないですね
。一覧表を見れば分かる通り、食事摂取~食物栄養の消化吸収や排泄を促す消化器の蠕動運動は副交感神経優位の時こそ働くから、ですね。交感神経が優位な時は、食欲や排泄欲求は抑制されているわけです。
また、結婚式でスピーチを頼まれていよいよ本番!となると喉が渇いたり口の中がネバついたりするのは唾液の分泌が減るからで、これも表にありますね。

ストレス一杯の寝たきり老人の自律神経は?

私は苦しい姿勢のままで放置されている寝たきり老人は、その苦しさやストレスから、交感神経が優位になりっぱなしになっている、交感神経が過緊張状態に陥っている、と考えています。
すると、この連載でこれまで書いてきたことがバラバラのことではなく、「全て交感神経が昂っている」という共通した土台の上に、全て関連しあっていることが見えてきます。
姿勢が崩れている ⇒ 腹式呼吸が抑制されると同時に交感神経が昂る ⇒ 昂ぶった交感神経がなおさら呼吸を早くする、といった悪循環の状態を作っているし、それは呼吸だけではなく筋緊張の亢進状態も同じく悪循環になっています。交感神経が昂っていて胃腸の蠕動運動が抑制されていれば便秘がおこりますし、栄養状態も悪くなっていきます。栄養状態が悪いうえに末梢血管循環も悪くなりますから、褥瘡ができやすくなり治りにくくなります。
このように、寝たきり老人さんの身体に様々な疾病状態が複数同時におこっている時、個々の疾病状態にバラバラに対応しても、例えば医療処置を施しても、それだけではもぐら叩きのようなものでなかなか状況全体の改善にはなりません。むしろ、「仕方ないこと」とされているような雰囲気すら感じます。
褥瘡ができた時にはエアマットを敷いて看護師さんがきちんと毎日処置をすれば、そのうち治癒はするかもしれません。しかし治ったからとエアマットを抜いて処置が終了になれば、またすぐに再発します。
それは、低栄養状態・交感神経過緊張状態といった褥瘡のできやすい状況そのものが何も改善していないからですね。

自律神経バランスの崩れの影響が血液成分にも

ところで「交感神経/副交感神経の作用一覧表」の一番下に、「白血球」という欄があります。これは、新潟大学附属病院の故安保徹先生の著作から学んだことですが、寝たきり老人や私たち自身の健康にも大きく影響することなので、簡単に紹介しておきます。
 血液の中の白血球は、免疫を行う血球細胞です。赤血球が酸素を運び、血小板が破れた血管を塞いでくれます。白血球は細かくは沢山の種類に分類されるのですが、大きく分けると「顆粒球」「リンパ球」「単球」の3種類になります。自律神経との関連で言うと、交感神経が優位になると顆粒球が増えリンパ球が減ります。逆に副交感神経が優位になると、リンパ球が増え顆粒球が減ります。
では、顆粒球やリンパ球はそれぞれどのような作用・免疫を行うかというと、顆粒球は例えば傷口から入ってきた最近を激しく貪食しやってつけてくれます。顆粒球が働くと発赤し腫れて熱を持つような、激しい免疫反応を示すわけです。リンパ球は身体の中で間違ってできてしまったがん細胞やウイルスに感染してしまった体細胞をやっつけてくれますが、顆粒球のように激しい反応を示すわけではなく、例えば相手にぴったりとくっついて相手を殺す毒成分を分泌したりして相手をやっつけます。つまりリンパ球が働いている時は激しい炎症反応を起こすようなことはなく、身体の奥深いところで穏やかにいつの間にか時間をかけて、免疫が行われます。

寝たきり老人に多い褥瘡、これは皮膚の傷で炎症状態ですし、尿路感染症や肺炎は身体内部の炎症状態です。寝たきりであって交感神経が昂っている状態だと、顆粒球が増えている状態ですから“炎症チックな”身体状況になっています。だとすれば、これらの炎症性疾患が増え治らないのは当然です。
しかもリンパ球が減っていますから、ウイルス感染~発症もしやすい、となります。寝たきり老人だけのお話ではありません、私たち健常者でも日頃からストレスの多い生活を送っている人は癌になりやすい(リンパ球が減っているから)とも言えそうです。

次回には

私自身は長年、要介護高齢者に対する支援業務に携わっている中で、今回の「交感神経の昂り」や「顆粒球の増加」といったことを理解した時に初めて、目の前の寝たきり老人さんの身体に起きていること・寝たきり老人の置かれている状況が、「なるほど」と心から理解ができ目の前の霧が晴れるような気がしたものです。
そして同時に、「改善のための方策」も明確になっていきました。次回は、「全体として悪循環状態に陥っている=全てが相関しあっている」といったことや「交感神経過緊張状態が重度化の“ベース”になっている」といったことを、図を多用して分かりやすく説明したいと思います。

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大渕哲也

大渕哲也

理学療法士

1985年理学療法士資格取得。1年間行政職員を経験の後、医療機関勤務。介護保険開始ともに社福介護施設に勤務し、その後民間介護事業所立ち上げ、福祉用具販売レンタル事業所勤務等経験。現在、(有)スマイルにて、法人内研修担当や現場のフォロー業務。その他、リハビリテーション工学協会・日本車椅子シーティング協会・テクノエイド協会の研修担当や民間介護セミナー事業社出講。(社)こうしゅくゼロ推進協会アドバイザー、(社)重度化予防ケア推進協会アンバサダー。

  1. “寝たきりゼロ”はもう古い!寝たきりでも「重度化予防」こそを!⑥交感神経過緊張状態ということについて

  2. “寝たきりゼロ”はもう古い!寝たきりでも「重度化予防」こそを!⑤褥瘡への認識(その怖さと複雑さについて)

  3. “寝たきりゼロ”はもう古い!寝たきりでも「重度化予防」こそを!④呼吸苦について(気づいていらっしゃいますか?)

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