はじめに
「心の不調」については、未だ十分に理解されているとは言えません。むしろ、「甘え」として捉えられたり、「弱さ」として非難されたりする風潮が根強く残っています。ここでは、医療従事者が心の不調を訴えにくい現実について、3つの具体的な事例と、5つの視点からの考察を交えながら考えてみたいと思います。
事例①:勇気を出した相談が“甘え”にされる
ある女性看護師は、夜勤と家庭の両立に疲弊し、心身の限界を感じて師長に「しばらく夜勤を外してもらえないか」と相談しました。しかし返ってきたのは「みんな同じようにやっている。あなただけが大変なわけじゃない」との冷たい言葉。その後、彼女は相談したことを後悔し、孤立感に苦しみながらも無理を続け、最終的にメンタル不調で退職を余儀なくされました。
事例②:休職後の職場復帰が困難に
うつ状態で数ヶ月の休職をしたある管理職。復帰を果たしたものの、「心の病気を持っている管理職」というレッテルを貼られ、患者やスタッフからの信頼を失ったと感じ、職場に居づらくなりました。徐々に責任ある仕事を任されなくなり、最終的には配置転換。回復の兆しが見え始めた矢先の扱いに、再び体調を崩してしまいました。
事例③:心の限界を訴えられず“突然の離職”へ
業務量の多さと人間関係の摩擦で悩んでいた新人看護師。何度も辞めたい気持ちが頭をよぎったものの、「ここで辞めたら根性なしと思われる」と自分を追い込み、誰にも相談できないまま退職届を提出。師長も同僚も、彼女が限界だったことに気づけず、「急に辞めるなんて無責任」と陰口が飛び交う結果となりました。

医療現場で心の不調が理解されにくい5つの背景
- 「強さこそ美徳」という文化
医療従事者は“弱音を吐かないプロフェッショナル”であるべきという無言の圧力があります。
この風潮が、「助けて」の一言を極めて難しくしています。
- 業務優先で心のケアが後回しになる体制
人手不足や業務過多により、「誰かが抜ける=他の誰かに負担がかかる」という現実があります。
そのため、心の不調を訴えることで“迷惑をかける存在”になってしまうという不安が生じます。
- メンタル不調への根強い偏見
「メンタルが弱い人=頼れない」「扱いにくい」という認識が今も一部で残っており、メンタル不調を抱える人に対する無理解や距離感が、復帰後の居場所のなさにつながります。
- 制度が整っていない、または機能していない
心のケアを目的とした制度や面談があっても、形骸化していたり、プライバシーが守られず使いづらかったりする現場も少なくありません。
- 管理者自身に余裕がない
スタッフの心の不調に気づき、寄り添うべき立場の上司自身も、過剰な業務に追われて心に余裕がないケースが多く見られます。
なぜ医療従事者のメンタル不調が増えているのか?
◎人手不足による過剰労働
◎高齢化や重症患者の増加に伴う業務の複雑化
◎職場内での人間関係ストレス
◎社会的に“医療従事者は強くあるべき”という期待
◎感染症流行などによる長期的なストレス環境
これらの複合的な要因により、心の余裕を奪われ、助けを求めることすら困難な環境が生まれています。

心の不調を抱える医療従事者を守るために、私たちができる5つのこと
1.メンタルケアの研修を全スタッフ対象に定期実施する
知識と理解を広め、偏見の払拭につなげる。
2.「相談できる文化」を育てる
気軽に話せる雰囲気づくりと、相談先の明示。
3.心の健康に関するチェック体制の強化
ストレスチェックや定期的な1on1面談の活用。
4.管理職の“聴く力”を育てる研修の導入
部下の異変に気づき、寄り添うスキルの習得。
5.「がんばりすぎない」ことを肯定するメッセージの発信
「休む勇気」や「無理をしない選択」も大切であると職場全体で共有する。
心の声を押し殺すことで守られてきたものがある一方で、その代償として多くの尊い心が傷ついてきました。これからの医療現場には、「誰かを守る人」が自分自身も大切にできる風土が必要です。そしてそれは、私たち一人ひとりの意識と行動の変化から始まるのだと思います。

まとめ:心の不調に向き合える医療現場に向けて
医療の最前線に立つ私たち医療従事者もまた、「人」であり、感情があり、限界があります。しかし現場には今なお、「メンタル不調は弱さ」「甘え」「気合いが足りない」といった偏見が残り、助けを求めることさえ難しい空気が漂っています。私自身、過去に二度のメンタル不調で休職を経験しました。一度目は母子家庭で子どもを育てながら、生活のために自分を犠牲にするしかなく、身体と心の声を無視して突き進んだ結果でした。二度目は業務改善の理想に突き動かされ、完璧を求めすぎるあまり、自分で自分を追い込んでしまいました。振り返れば、「もっと早く、心の不調に気づき、誰かに頼る勇気を持てていれば」と思うこともあります。しかしその「誰か」がいない、あるいは「頼れない」と感じる現場の空気が、今なお多くの人を苦しめています。こうした背景には、人手不足、長時間労働、常に緊張を強いられる環境、そして「患者ファースト」を過剰に背負いすぎた価値観が影響しています。いつの間にか、「自分の心よりも、職務を優先するのが当たり前」になってしまった この空気が、心の不調を“許されないこと”にしているのです。だからこそ、いま私たちに必要なのは“心を守ることは恥ではない”という文化の再構築で、医療現場にも心理的な安全性を根づかせていくことが不可欠です。
医療を支える人たちが、まずは自分自身の心を守れること! それが質の高い医療やケアにつながる第一歩です。強さとは、我慢し続けることではなく、「限界に気づき助けを求める勇気」を持つことではないでしょうか。あなたの苦しみが、あなた一人の責任で終わることのないように。医療現場の誰もが、自分の「人としての尊厳」を守りながら働ける未来を、共に築いていきましょう。
以上。いかがでしたか?
このコラムが少しでも医療従事者の皆さんのお役に立てれば幸いです。