はじめに:医療・介護現場の縦社会がもたらす心のストレスとその影響
医療・介護現場には、古くからの縦社会が根強く存在しています。上司や先輩の絶対的な権力が幅を利かせ、年次や職位が強調されることで、新人や中途入職者、若手スタッフは萎縮しがちです。本稿では、縦社会の中でよく見られる5つの典型的な事例と、それが心理的に及ぼす影響について掘り下げます。
事例紹介:縦社会の5つの問題
1 先輩看護師の“絶対的な権力”
ある看護師がリーダーにミスを報告した際、「あなたみたいな経験のない看護師が勝手な判断しないで!」と強い口調で叱責されました。その場には他のスタッフもいましたが、誰もその場で助け舟を出すことはありませんでした。泣きそうになりながらも精一杯の笑顔を作り返事をすると、今度は「ミスしたのに何ヘラヘラ笑ってるの?バカじゃない!」・・・。このような状況では、常に先輩の顔色をうかがい、速やかな報告、連絡、相談や自分の意見を言えなくなってしまいます。
2 ミスの責任を押しつけられる
ある日、ベテラン看護師が曖昧な指示を行なったことで医療ミスが発生しました。しかし、上司はそのミスを最終的に施行した看護師だけに責任を押しつけ、「確認を怠ったのが悪い」と一方的に叱責。ミスをした当事者は事実を主張できず、自分のミスとして謝罪せざるを得ませんでした。このような状況が続くと、当事者は自己肯定感を著しく失い、自信を喪失してしまいます。こういう一方的な叱責を、故意に特定の一人に対して集中攻撃する場合も例外ではありません。
3 暗黙のルールを守らないと罰を受ける
「夜勤明けには必ず先輩に挨拶してから帰ること」という暗黙のルールが存在していましたが、新人がそのルールを知らずに帰ったところ、「常識がない」「やる気がない」と陰口を叩かれました。新人はその後も 誰からも暗黙のルールを教えてもらうこともなく、責められ、それをきっかけに事あるごとに陰口を叩かれることとなり、職場にいることが苦痛に感じるようになります。
4 上司の機嫌次第で評価が変わる
上司が機嫌の良い日は「よくやっている」と褒められますが、機嫌が悪い日は「やる気が感じられない」「このままじゃ使えない」と評価が一変。自分のお気に入りのスタッフに対してはこと細かく説明したり、LINEなどで連絡を密にしている場合もあるけれど、人によって著しく差別をすることもあり、自分の努力が正当に評価されないと感じ、職場への不信感が募ります。
5 根拠のない指導の強要
「このやり方が正しいから」「私はそういうこと嫌いだから」と根拠のない指導を押しつけられ、質問しようとすると「黙って言う通りにしてください」と一喝される。これでは新しい知識や技術を学ぶ意欲を失い、ただ言われたことをこなすだけの姿勢になってしまいます。
縦社会が与える心理的影響
1 自己肯定感の低下:縦社会の中で意見を述べることが許されない環境では、自分の価値が認められないと感じやすくなります。その結果、自信を失い、自分の存在意義を疑うことに繋がります。
2 恐怖心や不安感の増大:上司や先輩の機嫌や評価に過度に依存することで、職場にいること自体がストレス要因となります。常にミスを恐れ、精神的に追い詰められやすくなります。
3 人間関係の悪化:強い上下関係の中では、同僚とのコミュニケーションが疎遠になりがちです。孤立感が強まり、職場内での信頼関係が築きにくくなります。
4 離職意識の高まり:「ここでは自分の意見は通用しない」「自分は必要とされていない」と感じることで、退職や転職を考えるようになります。
5 ストレスによる心身の健康悪化:持続的なストレスが蓄積すると、頭痛や不眠、胃痛などの身体症状が現れ、心身の健康が損なわれることも少なくありません。
6 孤独感の増大:上下関係が強調される環境では、同僚同士の連帯感が薄れ、孤独を感じやすくなります。誰にも相談できない、味方がいないと感じることで精神的に追い詰められやすくなります。
7 自己表現の抑圧:「余計なことを言わないほうが良い」という暗黙の圧力が強まると、自分の考えや感情を抑え込む傾向が強まります。これが続くと、自己肯定感だけでなく自己価値感も損なわれてしまいます。
8 罪悪感の増加:上司や先輩の期待に応えられなかったと感じることで、必要以上に自分を責めるようになります。「自分は役に立たない存在だ」と感じることが多くなり、無価値感が強まります。
9 回避行動の強化:上司や先輩との接触を避けようとするため、必要な報告や相談を避けるようになります。結果として、ミスが発生したり、トラブルが深刻化したりするケースも少なくありません。
10 学習意欲の低下:叱責や無視を繰り返されると、「どうせ何を言っても無駄だ」という無力感が強まります。これにより、スキルアップや新しい知識の習得に対する意欲が低下し、自己成長の機会を失ってしまいます。

まとめ:縦社会がもたらすパワハラの改善に向けて
《個々の声が尊重される職場環境の整備に向けた提案》
1 意見が言える場づくりで孤立を防ぐ
定期的なミーティングや意見交換の場を設け、全員が安心して発言できる環境を整備する。
2 上下関係よりチームワークを重視する文化の醸成
上司と部下の垣根を超えた協力体制を強化し、職場全体での信頼関係を築く。
3 相談窓口の整備と積極的な周知
パワハラやいじめに関する相談窓口を明確にし、スタッフ全員に定期的に情報提供を行う。
4 新人研修で“心理的安全性”を学ぶ機会を提供
入職時の研修に「心理的安全性」をテーマとした講義やワークショップを導入する。
5 フィードバックの質を高める面談の実施
日々の業務評価だけでなく、メンタル面のケアを含めたフィードバックを行うことで、個々の成長をサポートする。
縦社会の厳しさは、医療現場の業務効率を損なうだけでなく、心の健康にも大きな影響を与えます。指導とパワハラの境界線を明確にし、個々の声が尊重される職場環境を整備することが、安心して働ける環境づくりの第一歩です。