はじめに
私が職場で実施している「見習いたいことワーク」という取り組みがあります。やり方はシンプルです。たとえば10人のチームがあれば、自分以外の9人それぞれについて「この人のここを見習いたい」と思う点を書き出します。全員分を集計すると、一人ひとりの手元に、自分以外の9人から寄せられた「見習いたいところ」がまとまって届く仕組みです。
このワークを実施すると、時には、涙を流す職員もいます。普段は物静かで自己主張の少ない人ほど、その傾向が強いように感じます。「まさか自分にそんなふうに思っている人がいるとは思わなかった」、そう言って言葉を詰まらせる方もいました。
RBSE(リフレクテッド・ベスト・セルフ・エクササイズ)とは
私はミシガン大学の研究者たちが提唱した「リフレクテッド・ベスト・セルフ・エクササイズ(Reflected Best Self Exercise、以下RBSE)」という手法に出会いました。私たちが職場で行ってきた「見習いたいことワーク」は、まさにこのRBSEと驚くほど似た構造を持っていました。
【RBSEとは何か】
RBSEは、ミシガン大学の研究者たちによって開発された、自己理解のためのエクササイズです。基本的な手順は次のようになります。
まず、対象者は自分についてのフィードバックを寄せてくれる協力者(同僚、上司、部下、友人、家族など、複数の立場の人々)を選びます。協力者たちは、対象者が「最高の状態」で力を発揮していた具体的なエピソードを、できるだけ詳細に文章で提供します。集まったエピソードを対象者自身が分析し、そこに繰り返し現れるパターン、すなわち「自分の強み」を抽出していきます。最終的に、それらの強みを統合した「自己肖像(self-portrait)」と呼ばれる文章を作成し、今後どのようにその強みを活かしていくかを考える、という流れです。
RBSEの核心は、「自分の弱点を克服する」という発想からの転換にあります。私たちは往々にして、自己成長というと「欠点をどう直すか」に意識を向けがちです。しかしRBSEが焦点を当てるのは、その逆です。「自分が最も輝いている瞬間、他者にどのような価値を提供できているか」です。しかもそれは自己申告ではなく、他者の目を通した、具体的なエピソードに裏打ちされた強みだという点が重要です。自分では当たり前だと思っていた行動が、実は周囲にとってかけがえのない貢献だった、という発見が、深い自己理解と自己肯定感につながっていきます。
「見習いたいことワーク」との共通点
「見習いたいことワーク」も、非常に似た構造となっています。他者からの評価であること、それも複数人からの視点が集まること、ネガティブな指摘ではなくポジティブな側面に焦点を当てること、そして本人が想像もしていなかった強みが可視化されること、これらはRBSEの本質的な要素と重なります。
もちろん違いもあります。RBSEでは対象者一人につき、時間をかけて詳細なエピソードを集め、本人がそれを分析して統合するというプロセスを踏みます。一方、「見習いたいことワーク」は、チーム全員が同時並行で行える、より軽量で実施しやすい形式です。日常業務の合間に、あるいは定例のミーティングの一環として、比較的短時間で回すことができます。この手軽さこそが、現場での運用のしやすさにつながっていると感じています。
個人にもたらす効果
このワークが個人にもたらす効果は、大きく三つに整理できます。
第一に、自己肯定感の向上です。人は誰しも、自分の欠点や至らない点には敏感である一方、自分の強みには驚くほど無自覚なことが多いものです。日々の業務に追われる中で、自分が周囲にどのような価値を提供できているかを意識する余裕はなかなか持てません。そのため、他者から寄せられた具体的な「見習いたいところ」は、本人にとって新鮮な驚きとともに、確かな自信となって積み重なっていきます。
第二に、強みの言語化と再現性の獲得です。漠然と「自分は仕事ができる」と感じているのと、「周囲は自分の傾聴力を評価している」「自分の丁寧な作業が信頼につながっている」と具体的に言語化できているのとでは、その後の行動が変わってきます。自分の強みが明確になれば、それを意識的に発揮する場面を選び、さらに伸ばしていくことができます。RBSEの研究が示すように、強みに基づいた自己認識は、その後のキャリア選択や役割の担い方にも良い影響を与えるとされています。
第三に、心理的な安心感です。涙を流す職員が現れるのは、単に褒められて嬉しいからというだけではありません。「自分はここにいてよい」「自分の存在が仲間に認識され、必要とされている」という、所属の実感そのものを感じるからなのではないでしょうか。これは自己肯定感よりもさらに根源的な、人間関係の中での安心感の獲得と言えるでしょう。
チームにもたらす効果
個人への効果と並んで見過ごせないのが、チーム全体への波及効果です。
まずは、相互理解の深化です。このワークを通じて、自分では気づいていなかった同僚の一面を知る機会が生まれます。「あの人はいつも黙々と仕事をしているだけだと思っていたが、実は後輩への気配りが素晴らしいと皆が感じていた」といった発見は、日頃の何気ない業務の中では見えにくい、その人の本質的な貢献を浮き彫りにします。こうした相互理解は、チーム内の役割分担や協力関係をより自然で効果的なものにしていきます。
さらに、チームパフォーマンスの向上にもつながります。個々のメンバーが自分の強みを自覚し、それを発揮しやすい心理的安全性の高い環境が整えば、メンバーは委縮することなく自分の力を発揮できるようになります。ポジティブ組織学の研究領域では、強みに基づくアプローチが個人のエンゲージメントだけでなく、組織全体の生産性や創造性にも良い影響を及ぼすことが示唆されています。「見習いたいことワーク」は、まさにこの好循環の入り口となる取り組みだと言えるでしょう。
最後に、離職防止や定着への寄与にもつながります。自分が組織の中で認められている、必要とされているという実感は、職場への愛着や継続的な就労意欲に直結します。特に人手不足が課題となる業界においては、こうした地道な取り組みの積み重ねが、結果として人材の定着に結びついていくのではないかと考えています。
おわりに
「見習いたいことワーク」は、決して特別な予算やシステムを必要としない、誰でも今日から始められる取り組みです。しかしその効果は、決して小さなものではありません。他者の目を通して自分の強みに気づくこと、そしてその気づきをチーム全体で共有すること・・・ミシガン大学の研究者たちがRBSEという形で理論化したこの発想は、私たちの現場の実感とも深く共鳴しています。
日々の業務に追われる中で、私たちはつい「できていないこと」に目を向けがちになります。しかし、たまには立ち止まって、互いの「見習いたいところ」を言葉にして伝え合う時間を持つこと。それが、一人ひとりの自己肯定感を育み、チームの信頼関係を厚くしていく、確かな一歩になるのではないでしょうか。