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傷つくことで人は成長できる ~PTG(心的外傷後成長)とは~ 

PTG(心的外傷後成長)とは?

 PTG(Post-Traumatic Growth、心的外傷後成長)とは、極度のストレスやトラウマを経験した後に、精神的、感情的、社会的に成長する現象のことを言います。この概念は、トラウマが個人に非常に強いストレスを与える一方で、それを乗り越える過程で個人が新たな価値観や生き方を見つけ出すことができると考えられています。PTGは、単なる回復やレジリエンス(回復力)とは異なり、以前の状態よりもさらに高いレベルの心理的成長を達成することを意味します。
 例えば、Aさんは脳卒中で右半身麻痺と言語障害を発症し、人生において非常に強いストレスと不安を抱えました。リハビリ初期は身体が思うように動かず、フラストレーションを感じていましたが、病院スタッフの支援により少しずつ回復。また、家族のフォロー、特に妻からの支援が大きな精神的支えになっていました。そして、リハビリを通じてAさんは小さな成功体験を積み重ね、自信を取り戻していきました。そういった過程において、自己洞察を深めることで、自分には困難を乗り越える力があることに気づくようになっていきました。Aさんは強いストレスや不安を乗り越え、健康や家族の大切さに気づき、新たな価値観を持ち充実した人生を送るようになりました。

PTGが起こる3つの条件

PTGは、以下の三つの条件に支えられて「新たな成長」へと進んでいきます。

(1)人生全体として、起きた出来事の意味を理解し直す

トラウマや逆境を経験した後、人はその出来事が自分の人生にどのような意味を持つのかを振り返ること(内省)が必要です。このプロセスは、出来事の表面的な苦しみや痛みだけではなく、より深い人生における意味や教訓を見出すことに焦点を当てています。
これらのプロセスは、逆境に対するレジリエンス(回復力)を高めるのに役立ちます。また、自分の人生の意味を再構築することで、未来に向けてポジティブな視点を持つことが可能になります。

(2)逆境に対して自分で態度を選択できることを知る

逆境に直面したとき、自分の態度や反応をコントロールできることを認識することが重要になります。これは、自分の内面の力を認識し、積極的に対応する姿勢を持つことを意味します。
例えば、失業した際にただ落ち込むのではなく、新しいスキルを学び、別の職を探すなど積極的な対処行動を取ることができます。他にも、怒りや悲しみなどのネガティブな感情が生じた時、それらを俯瞰的に認識し「どう対処するべきか」を意識的に選ぶことができるようになります。
これらの認識は、自己成長やポジティブな変化を促進し、人生の困難な状況に対してより効果的に対処できるようになります。また、自分の行動や選択が未来を形作るという意識が強まり、より前向きな態度で日々を過ごすことができるようになります。

(3)人からの支援が不可欠

トラウマや逆境を乗り越えるためには、他者からの支援が非常に重要です。家族や友人、専門家からのサポートは、心理的な安定と回復を助け、成長の過程を支えます。また、コミュニティの力も困難を乗り越える支えになります。サポートグループや地域コミュニティの活動に参加することで、共通の経験を持つ人々との連帯感を感じ、互いに支え合うことができます。
他者からの支援は、感情的な癒しと心理的な安定をもたらし、自己成長の基盤を築きます。また、支援を受けることで、自分自身の価値や重要性(自己重要感)を再認識し、逆境を乗り越える力を得ることができます。

PTGはどのような成長をもたらすか

(1)自己の強化

 自己の強化とは、トラウマを乗り越えたことで得られる自己の強さや能力への「自信の向上」を意味します。トラウマ体験後、人々は自分が「困難な状況を克服できた」という実感を持ちます。これは、自己評価を高め、他の困難にも立ち向かえるという自信を育みます。

(2)人間関係の深まり

 人間関係の深まりは、トラウマを経験したことで他者との絆が強化されることを指します。困難な状況でサポートを受けることで、家族や友人との関係がより深くなり、絆が強くなることがあります。また、同じ経験を持つ人々と支え合うことで、新しい友情やサポートネットワークが形成されることもあります。このように、トラウマ体験は人間関係を強化し、互いに支え合う絆を築く機会となります。

(3)新しい可能性の発見

 新しい可能性の発見は、トラウマをきっかけにして人生の新たな方向性や可能性を見出すことを意味します。例えば、重大な病気を経験した人が、自己の経験をもとに、同じ悩みをもつ方々を支える活動をしたいと、新しい未来へと歩み始めることがあります。トラウマをきっかけに、これまで考えもしなかった新しい道や興味を見つけることができるのです。

(4)人生の意味やスピリチュアリティの向上

 人生の意味やスピリチュアリティの向上は、トラウマを通じて人生の意味や目的について深く考えるようになることを指します。トラウマ体験は、人生の脆さや儚さを意識させ、人生における自分の存在や役割について深く考える機会となることがあります。これにより、人生全体を俯瞰するとともにスピリチュアルな側面が強化され、未来への新たな視点や人生への深い理解が生まれます。

(5)感謝の深化

 感謝の深化は、日常の小さなことに対する感謝の気持ちが深まることを意味します。トラウマを経験した後、人々は健康や家族、友人、日常の些細な喜びに対する感謝の気持ちを強く感じるようになります。例えば、健康であること、家族や友人と過ごす時間、美しい自然など、これまで見過ごしていたことに対する感謝の気持ちが深まり、ポジティブな人生観が育まれます。この感謝の気持ちは、個人の幸福感を高め、ポジティブな人生観を育む上で非常に重要です。
 そして、PTGによって得られる感謝の気持ちは、他者との関係にも良い影響を与えます。感謝の気持ちが深まることで、他者に対する優しさや思いやりの心が育まれ、人間関係がより豊かで充実したものになります。感謝の気持ちを持つことは、精神的な健康にも寄与し、ストレスや不安を軽減する効果もあります。
 このように、PTGは、トラウマを経験した後に、ポジティブな心理的成長をもたらします。重大なトラウマを経験し、その後のサポートや自己洞察を通じて、自己の強化、人間関係の深まり、新しい可能性の発見、人生の意味やスピリチュアリティの向上、そして感謝の深化が生じます。PTGを通じて、人は以前よりもさらに強く「感謝に満ちた人生」を送ることができるのです。

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小山智彦

小山智彦

認定作業療法士 感謝の伝道師

日本作業療法士協会 認定作業療法士。介護現場の人間関係やチームワークで悩む日々の中、どん底の時に感じた深い感謝の想いと10000回の“ありがとう”に触れ、「人やチームの問題は感謝で解決できる!」と確信。 感謝を伝える「サンクスカード」の普及と独自の理念「サンクス道」を展開する。国際学会での発表、介護情報誌での執筆活動、研修や大学での講義など行い、講義では感動で涙する受講者が続出している。 ★「感謝の文化を作ることで『利用者様への感謝』が増え、ケアする人もされる人も幸せになる『寄り添いのイノベーション』が生まれます。私自身のこれまでの経験と想いを、コラムを通じて多くの方へ伝えていきたいです。

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