はじめに
「寝返り介助は向きを変える仕事」だと思い込んでいませんか?
「どの利用者さんも同じ介助方法」になっていませんか?
実は、介護のプロである人たちは「力」ではなく、利用者さん1人ひとりの目的を捉え、個別に「お互いの身体の動かし方の法則」を使っています。褥瘡や拘縮、循環不全など、不動による二次的障害を防ぎ、ご本人の不快感を和らげるために欠かせない寝返り介助。
この記事では、介助する側・される側の双方の負担を劇的に減らす5つの黄金ルールをご紹介します。
第1章:なぜ寝返り介助が必要なのか? ― 目的を理解する
まず、「なぜ寝返り介助を行うのか」という目的を明確にしておきましょう。これは単なる体位変換の作業ではありません。利用者の生活の質(QOL)に直接影響を与える、専門性の高いケアであることをまず前提として捉えておきましょう。
主な目的は2つ
【目的1】褥瘡(床ずれ)の予防
長時間同じ姿勢で寝ていると、身体の特定の部位(特に骨の出っ張った部分)に圧力がかかり続け、血行が悪くなります。これが皮膚やそれより深い組織(筋肉など)を壊死させてしまう、褥瘡の主な原因です。定期的に寝返りを行い、体圧がかかる場所を分散させることは、褥瘡を予防する最も効果的な手段の一つです。
【目的2】不快感・苦痛の緩和
誰でも長時間同じ姿勢でいると、身体がこわばったり痛みを感じたりするものです。特にご自身で動くことが難しい方にとって、その不快感や苦痛は計り知れません。寝返り介助は、こうした身体的な苦痛を和らげ、少しでも快適に過ごしていただくために不可欠なケアです。
身体がこわばったり痛みを感じると、血管が細くなり血流が低下します。そうすると、褥瘡のリスクやこわばり、痛みを助長するといった悪循環に陥ります。さらには、拘縮やそこから姿勢の崩れ、自身での体動を制限させてしまうことにもなりかねません。
多くの介護現場では「2時間おき」が身体位変換の目安とされていますが、これはあくまで一般的な基準です。利用者の皮膚の状態、栄養状態、マットレスなどの環境によって、適切な頻度は1人ひとり異なります。だからこそ、これら[2つの目的:何のために]を我々が常に意識することで、1つひとつの動作がより丁寧で“利用者さんにとって”意味のあるものになるのです。
第2章:力任せは卒業!5つの黄金ルールで介助が変わる
寝返り介助は、決して力任せに行うものではありません。物理の法則に基づいた「ボディメカニクス」を理解し活用することで、介助者と利用者の双方にとって、安全で負担の少ない介助が実現できます。ここからは、自立支援型介護技術プロが実践している5つの黄金ルールをご紹介します。
【黄金ルール1】安定より「不安定」?あえて接地面を狭くする

介護というと、相手の身体をどっしりと安定させてから動かすイメージがあるかもしれません。しかし、寝返り介助の基本は、その逆。動かす前に対象者の身体をあえて「不安定」な状態にすることなのです。
具体的には、支持基底面(身体を支えている面積)を狭くします。その代表的な準備が、“両ひざを揃えて立てる”ことです。足が伸びた広い面積で支えられている状態よりも、両ひざを立てることで身体の接地面は狭くなり、重心が高くなります。物体は支持基底面が狭く、重心が高いほど不安定な状態になり、小さな力でバランスを崩しやすくなる=身体が動きやすくなるのです。
さらに、ひざを立てることで太ももという長い「てこ」ができ、重心からの距離が長いほど倒しやすいという物理法則が働きます。この原則を知るだけで、介護が「相手の体重との力比べ」ではなく「物理法則を応用した利用者の動きを引き出す技術」へと変わります。
【黄金ルール2】介助方向は「ずらす」のではなく「回転させる」

寝返り介助でよくある誤解が、「手前に引く」もしくは「奥に押す」というイメージです。力の方向としては、水平に加える方法です。しかし、これでは力が余計に必要になり、場合によっては介助者自身の腰を痛めることにもなりかねません。また、身体とマットレスが接触している身体の下側の皮膚に不要なズレが生じ、違和感やそこから筋緊張、褥瘡に及ぶ危険性があります。
プロの技術の核心は、「手前に引く」もしくは「奥に押す」のではなく、軸を中心に「回転」させることです。仰向けの状態から手を利用者の遠い方の肩甲骨の後ろに、もう片方の手を立てた膝の奥側側面もしくは、手を骨盤・前腕を腿の奥側側面全体に当てていきます。この2点を力点として、力の方向は「回転」させることを意識します。そうすると、身体の下側になる面を軸として回転し、摩擦が少なくなり、褥瘡などのリスクも軽減した状態で円滑に寝返ることができます。
【黄金ルール3】介助の成否は「準備」で決まる ― ベッドと枕の高さ調整

寝返りの動作そのものに目が行きがちですが、介助のしやすさや安全性は、実はその前の「準備」で8割が決まると言っても過言ではありません。特に重要なのが、ベッドと枕の高さです。
ベッドの高さは介助者の腰の高さに
寝返り介助場面でのベッドの高さの基準は、「介助者の下腹部~腰の高さ(大転子:腿の付け根付近)に合わせることです。ベッドが低すぎると前かがみの姿勢になり腰に負担がかかり、高すぎると腕や肩の筋肉に過度な負荷がかかります。このような状態では、介助する力が十分に適切に利用者の身体に伝わらず、動作の妨げになります。適切な高さは、介助者自身の安全確保だけでなく、利用者の不快感を減らし動きを引き出すことにも繋がります。
枕の状態を確認する

枕が低すぎたり、へたっていたりすると、寝ている方のあごが上がってしまいます。あごが上がった状態は、首や背中に不要な緊張を生み出し、身体全体がこわばって寝返りが非常にしづらくなります。喉仏と顎の先に指が2本入る程度の高さが目安です。ぜひ、あごが上がった仰向けからの寝返りと、枕を目安となる望ましい高さに調整した状態で寝返りしてみてください。寝返りの介助の“前段階”として、“顎を引いた姿勢”にまず整えることがいかに重要か、体感できることと思います。
介助者の姿勢を安定させる
介助する際は、足を肩幅程度に開き、進行方向に対して前後に開いて立ちます。これにより重心が安定し、腕の力だけでなく、体幹や足からの力を効率よく利用して介助することができる準備が整います。そして何より、寝返り動作は手前もしくは奥へ回転していくため、介助者自身も前もしくは後に重心移動が必要となります。これらの環境を整えるだけで、実際の介助が驚くほど楽になり、お互いの安全性が格段に向上します。
【黄金ルール4】一番の危険は「ねじれ」

単に向きを変えるだけの介助として寝返りを終わらせようとすると、頭部と上半身、上半身と下半身がバラバラに動いてしまい、身体が「ねじれ」てしまうことがあります。これは、寝返り介助における最も一般的で危険な間違いです。
なぜ「ねじれ」が危険なのか?
身体をバラバラに無理な力で動かそうとすると、タイミングが遅れた部位がねじれてしまいます。特に、上半身、下半身は寝返っているものの、頭部が取り残されるケースが散見されます。これでは、頚部がねじれたり後屈したり、緊張を高め、誤った寝返り介助を続けているが故に知らぬ間に誤嚥のリスクを高めてしまいます。また、下半身を先に回転させ、上半身との間(体幹部)にねじれが生じるケースも多く見られます。膝を立てることで下半身を回転させやすくし、このねじれを活かすような方法です。一見介助者も楽で効率的な方法に思われますが、実はねじれは、股関節にも生じており、大腿骨や脊柱の骨折や、股関節脱臼といった重大な事故に繋がる危険性があります。また、筋肉の緊張を高めてしまい、拘縮を悪化させる原因にもなります。望ましい具体的な介助方法は次回コラム「自立支援型寝返り介助の実践手順」をご参照ください。
【黄金ルール5】「なぜ行うのか?」を忘れない ― 目的意識がケアの質を変える
最後に、技術論から少し視点を上げてみましょう。そもそも、私たちは「なぜ」寝返り介助を行うのでしょうか?それは単に身体の向きを変えるというルーティン作業ではありません。
その主な目的は、改めて①床ずれ(褥瘡)を防ぐこと、そして②同じ姿勢でいることによる不快感や苦痛を和らげることです。この目的が、私たちの技術を支えています。
苦痛を和らげるために、黄金ルール2の「回転させる介助」で優しく身体を動かします。不快なねじれを防ぐために、黄金ルール4の「ねじれ」を防いでで丁寧に関わります。目的を常に意識することで、一つひとつの動作が「作業」から「意味のあるケア」へと変わり、声かけの言葉も、身体に触れる手つきも自然と丁寧になります。
寝返り介助は、単なる身体介助の技術ではありません。利用者との丁寧なコミュニケーションを通じて、信頼関係を築くための貴重な機会でもあります。この目的意識こそが、ケア全体の質を向上させる鍵となるのです。
まとめ・チェックポイント
寝返り介助は、単に向きを変えるための力を使う技術ではなく、目的を捉え、身体の動きの法則を活かす専門的なケアです。しっかりと準備を整え、回転を意識し、ねじれをつくらない関わりは、利用者の苦痛を減らすだけでなく、介助する側の身体も守ります。
今回お伝えした1つひとつの視点は、すぐに完璧を目指すためのものではありません。意識が変われば、触れ方や声かけ、介助の質は確実に変わっていきます。その積み重ねこそ、単に向きを変える“作業”から利用者の力を引き出し、褥瘡や拘縮といった二次的障害を防ぎ、利用者の自分で向きを変えられる力を引き出し続けられる“自立支援型寝返り介助”へと高めていきます。
利用者さんの力を引き出せる自立支援型寝返り介助を浸透させていくためには、あなたの力が必要です!チェックポイントをぜひ自身の介助方法の見つめ直しや、指導等にぜひご活用ください。
